5 ホーンピッグ
僕の『複製』はどちらかといえば生産職向きだ。戦闘経験は多くない。
守護班に頼まれて、何度か見張りや防衛に参加したことがある程度。
比較的狩りやすいとされるホーンピッグであっても、少し緊張してしまう。
レイジみたいに戦闘系スキルがあれば別なんだろうけど。
ハンターのレイジは『タフネス強化:C』『パワー強化:B』『剣術:B』を持っていたし、本人の冷酷な気質も相まって、容赦なく獲物を仕留める名ハンターだった。
スキルを三つも持っている人間は少ない。A大村ではレイジだけだ。
Bランクスキルは達人級の能力を与えるけれど、実はそこまで希少価値が高くはない。
百人に一人くらいはBランクスキルに覚醒すると言われている。
だけど、三つもスキルに覚醒し、そのうち二つがBランクともなれば、一万人に一人レベルの希少性じゃなかろうか。
レイジが希少なAランクスキルを持つカグヤ先輩に固執しているのも、自分と同じ『特別感』を覚えているからなのかもしれない。
そんなレイジと比べて、僕の覚醒したスキルは『複製:B』のみ。
常に手が足りない生産系の班を回って、Bランクスキルを複製して手伝うのが常だった。
とはいえ、スキルスロット六個のうち、『複製』を除いた五つの枠に、他人のスキルを複製して詰め込めるのは戦闘においても非常に有用だ。
特に今回は三種類のステータス補正スキルを持っているし、カッコいい木の棒もある。
A大村での戦闘講習やサバイバル講習もしっかり参加していた。
精肉班でホーンピッグの解体作業も何度も参加したから、構造はよく知っている。
生物がどこをどうすれば死ぬかは、ちゃんと頭に入っている。
これからのサバイバル生活を考えると、狩猟経験を積んでおきたいし、肉があれば食事が華やぐし、なによりアイツからは豚肉以外にも有用な素材が手に入る。
「――よし。やるか」
ふごふご鳴くホーンピッグの背後を取るように大きく回り込む。
やつは嗅覚が鋭いから、こちらの存在には気づいているだろうけれど、まだそれほど警戒されてはいない。
ホーンピッグは、角を持つ以外はブタと大差ない。
だけど、その強靭な角は刺されば大怪我は避けられないほどに鋭いし、そもそもブタという生き物は人間よりもはるかに強い。
少なくとも武器無しで戦うのは無謀な相手である。
鈍重なイメージのあるブタだが、意外にも時速四十キロくらいで走れる。
ホーンピッグの突進は、先端に凶器を取り付けた原付バイクとの衝突事故みたいなものである。
正面からぶちかまされると、人間なんてたやすく殺されてしまう。
また、これも意外だけど、人間の指くらいなら一噛みで食いちぎれるらしい。
硬い皮膚と分厚い皮下脂肪に覆われた巨体は防御力も高い。
油断していい相手ではない。
正面には決して立たず、弱点狙いで手早く仕留めるべきだ。
木の陰から躍り出て、ホーンピッグを狙う。
先手必勝、僕の木の棒が唸り、ホーンピッグの後ろ脚の関節を強く打ち据えた。
Cランク補正のパワーとスピード。
プロアスリートのフルスイングが、ホーンピッグの関節を破壊する。
頑丈なブタ型生物といえど、関節は強度が弱い。
折ることはできずとも、しばらく走れなくするくらいの威力はあるはずだ。
ぎぃい、とホーンピッグが苦痛の鳴き声を上げる。
角を振り回し、威嚇している――だけど残念、僕はもう角が届く範囲外に退避済みだ。
片足を潰せば、動きは大きく制限される。
少なくとも、全力疾走の突進はできなくなった。
角に気を付けながら背中に飛び乗り、振り落とされないようしがみつく。
噛まれないよう注意しつつ、その太い首に手を回して――全力で、捻る。
ごきゅり、と嫌な感触があって、ホーンピッグの首の骨が折れたとわかる。
横倒しになるホーンピッグに押しつぶされないよう飛びのいて、じっと観察する。
即死ではない。まだ息がある。
動かなくなるまで慎重に待ち、完全に事切れたと判断してから、
「――はぁー。緊張したぁ」
僕は大きく息を吐いた。
そっと近づき、解体用の大型ナイフを取り出す。
このナイフは替えが利かないから、戦闘に使うわけにもいかない。
かといって、複製品はランクが落ちるから、戦闘で使えるほどの強度を持たない。
だからこそ、こいつの角が欲しかった。
ツタで後ろ脚を縛って木から吊るし、首の血管を切って血抜きを行う。
けっこう重くて大変だったけど、『パワー強化:C』のおかげでなんとかなった。
こういうときに『精肉:C』を複製して精肉班の手伝いをした経験が生きる。
いまはもうスキルを入れ替えてしまったけれど、その時に得た知識や経験までなくなるわけじゃない。
手早くとはいかないけれど、四苦八苦しつつもなんとか解体を終える。
やや捻じれたフォルムの、五十センチほどの強靭な角が手に入った。
よく見ると細かく小さな突起が棘状にびっしりと生えており、見た目以上に凶悪な構造だとわかる。
刺されると簡単には抜けないし、刺したまま回転させれば、突起が肉をずたずたに引き裂く。
そういう構造だ。
木の棒の先端を削って穴をあけ、角の根元を差し込む。
一発ではうまくいかなかったけれど、何度か調整するうちにうまく嵌まった。
『大工:C』を複製して、木材加工の手伝いをした経験が生きた。
角と木の棒を丈夫なツタで巻いて補強すれば、
「よし。短槍の出来上がり」
カッコいい木の棒が、二メートルほどの長さの槍になった。
順調なサバイバル生活の滑り出しではないだろうか。
「面白そう!」「これからが楽しみ!」と思った方は、下の☆☆☆☆☆モンスターをリリースして☆☆☆☆☆☆モンスターを召喚してください。