47 正攻法
本陣でさっぱりした僕は、ヤカモチちゃんに一通り怒られたあと――「ろくなケア用品もない最前線でナイフでひげ剃ってた!? 信じらんないし!」――たっぷり八時間の睡眠をとった。
こんな時に寝ていていいのか、と思ったけれど、疲れた頭と体でミスをしたら元も子もない。
「寝不足は肌の敵! 寝ろ!」
と、過去いちばん力強いヤカモチちゃんに寝袋に詰め込まれてしまったのもある。
すっきりと目覚めて、報告に目を通しつつ、食事をとる。
本陣を構えた史跡敷地内にいくつもある小さな屋敷(こういう寺院内部の建築物を伽藍というらしい)で、レンカちゃん、ヤカモチちゃんと一緒だ。
なんだか久々な気もする。
「そりゃそうだし。
ついこないだまで毎日会ってたのに、いきなり四日ぶりだもん」
「あー、そうだね。そういえばそうだったね……」
「ほんの数日前まで、毎日ヤカモチのおなかをぺろぺろしていましたものね。
おへそのしわのひとつひとつまで、それはもう丁寧かつ丹念に」
「わざわざ言わなくてもいいし!」
顔を真っ赤にしたヤカモチちゃんを見るのも久々だ。
「で、どうですの?
中ボスのほうは」
「んー、報告では……四時間に一回、スケルトンを生み出してるね。
毎回二百から三百、細かく数えてられないけど、だいたい同じ数だって。
倒した骨が消えなきゃ、今ごろバリケード周辺は骨まみれだろうね」
「ふむ。ゲーム的に考えますと、『四時間に一度、エリア内に存在できる上限数まで骨の兵士を再生成する』あたりでしょうか」
僕も同意見だ。
「ていうかレンカちゃん、ゲームとかやるんだね」
「嗜む程度ですけれどね。
キャラメイクと装備を吟味して『どうすればドスケベ装備を作れるか』などと考えたものです」
嗜み方がお嬢様にしてはぶっ飛んでるんだよな。
「そんなゲーム上手な私の予測では、そろそろ触手スケルトン的なモンスターが登場し、マコ様のお尻をずっこんばっこんする静止画がカットインする頃かと」
「脳内でだけ嗜んでおいてくれ、それは」
「しょくしゅがおしりをずっこんばっこん?
なにそれ、どういうゲーム?」
「ハイそれではヤカモチに今日の性教育ですの。
いいですのヤカモチ、まずはおしべがこう、ぐにょーんと伸びて、こう!
そしてこちらもおしべ! それからおしり!
それがこう! がっちぃーん! こうですの!
……あとはわかりますわね!?」
首をかしげたヤカモチちゃんに、レンカちゃんがウキウキしながら身振り手振りを交えて説明をし始めた。
ご飯食ってるときにする話じゃねえ。
三人いなくても姦しい女子は放っておいて、パンをかじりながら手元の報告書に目を落とす。
もう二度も確認した文面をもう一度見て、ついついため息を出てしまう。
スケルトンの討伐中に、誤射した矢が一本、中ボスに当たりかけたらしい。
可能な限り刺激しないようにしていただけに、ナナちゃんは慌てたようだけど、中ボスは立ち位置を一切変えることなく、手にしていた骨巨刀で矢を切り落とした。
特に攻撃を仕掛けてくることもなかったようで、そこは安心したけれど、問題は相手の技量。
飛んでくる矢を切り落とす――いつだかナナちゃんが『できる』と言った行動だけど、それは彼女が『薙刀術:B』を持つ達人だから。
弓の種類にもよるけれど、僕らが使うものの場合、初速は秒速60メートルほど。
換算すると時速216キロメートルだ。
プロ野球投手の投げるボールが時速140キロメートル程度であることを考えれば、この速度の細長い飛来物を切り落とす技量の異常さがよくわかる。
スケルトンリーダーは間違いなく達人級の剣士だと考えていい。
いや、ただ達人級の腕前があるだけなら、包囲して袋叩きにしてしまえば勝てる。
ナナちゃんがギャングウルフの群れにやられたように。
だけど、スケルトンリーダーには鹿の機動力もあるし、おそらく骨だから疲労もしない。
ひょっとすると他の能力まであるかもしれない。
見た目の雑魚っぽさのわりに、なんて厄介な相手だろうか。
安全に倒す手段があればいいんだけど……。
「ひぇえ……触手こわいよお……」
「大丈夫ですわよヤカモチ、最終的にはみんな幸せそうにダブルピースするのがこのジャンルの特徴ですの。
種族の垣根と性別を超えた幸福、これすなわち純愛ですわ……!」
間違った知識を純愛にするな。
「ていうか二人とも、ちょっとは一緒に考えてよ。
スケルトンリーダーを倒さないと、ジリ貧なんだよ?」
聞くと、両手を複雑に絡み合わせてなんだか卑猥なジェスチャーをしているレンカちゃんが、ものすごく真面目な顔で言った。
「石油でも流し込んで燃やしてみたらいかがでしょうか」
「古都の自然丸ごと燃やし尽くす気かよ……」
いや、最終手段としてはありかもしれないけどさ。
「鹿はともかく、骨に炎って効く?
ほら、お葬儀とかでも骨ってけっこうしっかり残るじゃん。
相当な高温じゃないと勝てなくない……?」
「鹿だけは倒せそうですけれどねぇ」
ていうか、そんなことしたら僕らの活動範囲が減る。
自爆技は避けたいところだ。
しかし骨か。骨なぁ。うーん。
「よし、コーラでもぶっかけてみるか」
「溶けるまで何週間かかりますの、それ。
夏休みの自由研究じゃあるまいし」
「そもそもコーラの酸性じゃ弱すぎるし。
濃硫酸でも使えば別かもしれないけどさー」
「だよね……」
加えて言えば、化学薬品は確保が面倒だ。
一度手に入れてしまえば、僕の『複製』でなんとでもなるけれど。
「……こうやって考えてる間にも、前線は消耗してるんだよな」
「四時間に一度ですものね。休息も交代もギリギリでしょう」
「マコっち……もといイコマっちならともかく、普通のヒトは睡眠時間が一時間減るだけで、集中力とか作業効率とかが数十パーセント単位で下降するっていうし」
なんで僕を例外扱いしたんだ?
僕ほど普通の人もいないだろうに……。
ともあれ、そうなるとやっぱり仕方ないか。
パンの最後の欠片を口に放り込んで、立ち上がる。
「正攻法で行くよ。どっちにしろ、避けては通れない道だし」
「正攻法? なんですの、それ」
「殴って倒す」
微妙に呆れ顔で見るのはやめてほしい。
「現在のテンプレを研究しよう!」と思って書き始めた当作品ですが、コレもう絶対主流じゃねえよな……まあ書いてて面白いからいいか!(と自分に言い聞かせて自我を保っている)




