46 中ボス
戦争開始から四日目。
制圧したマス目はすでに五十を超えた。
とはいっても、古都には大小含めて二千四百を超えるマス目があるのだけれど。
地図に色を塗って見てみれば、右上のほんの一部だけでしかない。
制圧と工兵による前線押し上げにも慣れてきたし、攻略速度を上げていきたいと思っていた矢先、制圧部隊があるものを発見した。
「……中ボスがいた?」
「たぶん、そうだと思う……んだけど……」
その時、僕は制圧したマス目で工兵部隊に混じり、『複製』を活用したバリケード設置、建造物補修等を行なっていた。
隣接するマスで制圧部隊を率いていたナナちゃんが戻ってきて、珍しく歯切れ悪く報告する。
「あの、隣の大公園内の寺院のマスに、ボスっぽいのがいて……。
でもドラゴンじゃないし、なんかその、雑魚っぽいし……?」
「雑魚っぽい? ボスなのに?」
ナナちゃんが頷いた。
「見てもらうのが早いと思う」
そういうわけで、僕は隣接するマスに向かった。
大公園内のマスだ。
古都は自然が多い。
鹿が大量に棲む大公園が街の目玉だっただけあって雄大だけれど、攻める側としては木々と高低差による視界の悪さが非常に面倒くさい。
すでに一度進軍済みだからだろう、散発的に襲ってくるのみとなったスケルトンを砕きながら進むと、自然の中で悠然とたたずむ鹿がいた。
軍馬もかくや、というくらい大きな鹿だ。
全身に骨で編まれた鎧を装着し、背中にスケルトンを乗せている。
スケルトンも鹿同様に骨鎧を纏い、手には骨製の巨刀を携えている。
他のスケルトンに比べて明らかに豪華で強そうだ。
「……たしかに大ボス感はないね」
中ボス感がすごい。
さらに言えば、視認できるほど近くまで寄ったのに攻撃してこないあたりもボスっぽい。
シンボルエンカウント方式なのか?
ほかのスケルトンならすでに攻撃を仕掛けてきている距離である。
「……しばらく観察しよう」
「おに――お姉さん、攻撃しないの?」
「バリケード設置と退路の確保が先だよ。
上位種なら魔法使ってくる可能性があるし、騎馬兵相手に無理は避けたい」
馬じゃなくて鹿だけど。
周囲のスケルトンを掃除しつつ、中ボスマス(と呼ぶことにした)にバリケードを設置していく。
工兵たちの士気は高く、僕が複製したバリケードをどんどん運んでいってくれる。
なんとも心強い仲間たちだし、彼ら自身も仲が良いようで、笑顔で話し合いながら作業をしていた。
「マコ様の『複製』で生み出されたバリケードって、実質マコ様の手作りじゃね?」
「やめろよ、持って帰りたくなるだろうが」
「凛々しくて礼儀正しいけど、そこはかとなく薄幸そうなのが推せるのよね」
「もう春なのに濃いタイツなの、めちゃ蒸れてそう……脱ぎたてを下賜してくれねえかなぁ……」
「「「わかる」」」
やかましい。
隣接マスから中ボスマスの中央へバリケードで保護した道を作る。
攻略に失敗しても撤退できるように、まずは整備が必要だ。
中ボスに動きはないが、『鑑定:B』持ちの工兵が名前を特定した。
『スケルトンリーダー』という名前だそうだ。
『鑑定』はスキルランク以下の存在にしか効果がないため、スケルトンリーダーのランクはB以下で確定。
ランク的に倒せない相手じゃないけど、無理は禁物だ。
動きがあったのは、道の確保を始めて三時間後。
「……マジかよ、おい!
緊急! 緊急!」
監視員の工兵が叫び、慌てて僕らが駆け付けると、中ボススケルトンリーダーの周りにスケルトン兵がわらわらと湧いていた。
文字通り、地面から。
スケルトンリーダーの乗る鹿の足元に黒い影が広がり、その中から骨の兵士たちが立ち上がっている。
そして、僕ら人類の存在に気づき、がしゃがしゃと近づいてくる。
「――スケルトン生成能力!?」
「というか、アイツが『発生源』なのかも」
「とにかくまずは雑魚対処だ、総員戦闘準備!!」
バリケードを作っておいて幸いだった。
弓兵による射撃で数を減らしつつ、バリケードに近づいてきたものは槍兵が頭を潰してとどめを刺す。
とにかくリーダー(というか鹿)の足元から湧き続ける骨を砕きに砕いて、約三十分もしたあとだろうか。
ようやくスケルトンの生成が停止し、広がっていた影が鹿の足元へと戻っていく。
砕いた数はおそらく数百単位。
頭蓋を砕いてから数十秒で、骨は黒い粒子になって空気へと溶けていく。
「……まずいなぁ」
頭蓋を砕きまくって刃こぼれしている薙刀・レプリカを支えに立ちながら、思わず弱音を吐いてしまう。
こちらの疲労が大きい。
死者はいないけれど、負傷者は少なからずいる。
いちばんひどいのは、バリケードの隙間から伸ばされた骨剣に腕を裂かれた兵士だ。
『傷舐め』は僕の拘束時間が長いから、医療系スキルでは対応できない重傷者のみと決めていた。
幸い、まだそこまでの重傷者は出ていないけれど、片腕を負傷した兵士はしばらく前線に立てないだろう。
短期的に見れば、兵士を一人失ったことになる。
このまま負傷者が増え続ければ、いずれジリ貧に追い込まれてしまう。
スケルトン兵の脅威は、なによりもその数だ。
減らしても減らしてもどこからか湧いて出てくる大群を、実際に『中ボスが生成している』のだと判明した。
相手は文字通り無尽蔵なのだ。
「お姉さん、どうする?」
「……あと半日、様子見を続行。
後続の部隊と前線を入れ替えつつ、疲労した兵士の休息と手当。
半日後、中ボス攻略の作戦会議。
中ボスが動かないなら迂回もアリかと思ってたけど、アイツ自身がスケルトンの発生源だとしたら、潰さないわけにはいかんでしょ」
「すぐに仕掛けないの?」
「ただでさえ消耗してるんだ、むやみに刺激するのは避けたい。
……たぶんだけど、生成に条件があると思う。
いきなりスケルトンを生成し始めたんじゃなくて、『なんらかの条件』を満たしたから、スケルトンを生み出した」
「一定周期で生成する、とか?」
首を縦に振る。
「でも、たぶんそれだけじゃないと思う。
もし一定周期で生成され続けるんなら、古都内部はこの二年で骨だらけになってたはずだよ」
実際、スケルトンは多いけれど、東京の満員電車に比べれば大した密度じゃない。
そこから考えられるのは。
「近くに人間がいる時しか生成しないとか。
あるいは、古都内部のスケルトンの数が一定以下になったときに生成とか。
古都がダンジョンだと仮定すれば、後者が怪しいね」
いろいろ考えられるけれど、最優先事項がモンスター発生源除去に切り替わったことに変わりはない。
攻略が必要だ。
「ナナちゃんも、そろそろ疲れたでしょ。
一旦陣に戻って、休息ついでにレンカちゃんたちと現状の共有を――」
「あー……。いや、今回はお姉さんが戻って」
「え? いいよ、僕はまだそんなに疲れてないし――」
ぺちん、と額にデコピンされた。
「この四日間、一度も本陣に戻ってないのは、お姉さんくらいだよ。
お姉さん、仮眠すら十分にとってないでしょ、ここは私に任せて寝てきなよ。
それにその、お姉さん。
自力で化粧直してるっぽいけど、一回ヤカモチに全身チェックしてもらったほうがいいと思う」
「それはそうだけど、でも――」
前線が心配な僕に、顔を赤らめたナナちゃんが眉をひそめ、僕の耳元に顔を寄せた。
な、なんだよ。
「――そろそろ本陣戻ってシャワー浴びて着替えてこいって言ってるの。
いい?
お兄さんはいま、少なくとも部隊のひとにとっては美少女なんだよ?
部隊のヒトたち、お姉さんの近くに寄って鼻スンスンして『これが美少女の匂い……濃い! ディモールトベネ!』とかやってるの気づいてないの?」
僕は可及的速やかに本陣まで戻ることにした。
死ぬほど恥ずかしい。
これはネタバレですが中ボス→大ボスという流れで戦闘します(当たり前)
そのあとなんやかんやとエピローグやって、一章締めです。
十三万文字くらいで終わらせようと思ってたんですが、十五万文字くらいになりそうです。
ちょい長めですがお付き合いくださると幸いでございます。
★マ~!←これもう書くのやめていい?




