45 最初の一マス
陣の敷設は一日で終わった。
意外にも――というと失礼かもしれないけれど、旧狩猟班の男どもが周辺の安全確保ほか、力仕事を率先してやってくれたらしい。
「あは、ウチの采配を褒めてくれよ、マコちゃあん」
「マコちゃんはやめてください、ミワ先輩まで……」
ミワ先輩は相変わらず悪い笑顔だった。
「しかし、ホントにバレないもんだねぇ。
『複製』を使える食客が都合よく聖ヤマ女村にいる、なんて。
人間、堂々とした嘘ほど信じちまうもんだが、この嘘は格別に大胆だぜ。
しかも、見た目も声も完全に美少女となりゃ――そういや、スカートの下もやっぱり女物なのかい?」
「いや、普通に男物とスパッツとタイツで――やめて、捲ろうとしないで!」
「なんだい、つまんないね。
ウチのTバック複製して履くかい?」
「しませんよ! ――脱ごうとしなくても良いです!」
ミワ先輩の過激なからかいから目を背ける。
昔からこの人は僕をからかうのが大好きなのだ。困った先輩である。
ともかく、元狩猟班員たちがしっかり働いているなら、文句は――まあ、ないわけじゃないけど、別にいい。
個人的な感情は後回しだ。
「アイツらは結局、三下なのさ。
三下の扱いならウチが一番わかってる。
なんでかっつーと、ウチも三下だからだけどよ。
アイツらは自分がワンアウトだって理解してっから、安全な場所で働かせる分には逃げもしねえし真面目に働く。
もっとも、戦場に出せるほど信用できるわけでもねえけどな」
へらへら笑いながらそう言われると、苦笑するしかない。
ミワ先輩は守護班の班長だけど、褐色の肌にドレッドヘアと、見た目は完全にヤンキーだ。
「ま、周辺の掃除……狩猟による安全確保は、アイツらも勘定に入れていい。
モンスターは多いが、人員も補給物資も武器も潤沢とくりゃ、なにも問題はねえよ。
守護班から連れてきた腕っ扱きも陣の警備に集中できるってもんだ。
アンタは安心して前に進みな」
「ありがとうございます、ミワ先輩」
「いいのさ。贖罪も兼ねてるからよ」
しょくざい? 食べ物の話か?
と思っていたら、ミワ先輩はおもむろに頭を下げた。
「すまんかった。
レイジをのさばらせてたのは、ウチら班長の弱さだ。
申し訳なかったっ!」
「い、いえっ!
そんな、ミワ先輩が謝ることじゃないですよ!」
「ああ、だから謝ってんのさ。
おまえはこういう風に頭下げられたら弱いだろ?
打算だよ、打算。
三下だからな、こうやって強い者に取り入るのが大切なんだよ」
そういうの、直接僕に言っちゃ意味ないんじゃないの?
ていうか、強い者、って。
「僕、強くはないですよ?
戦ったら、ミワ先輩のほうがよっぽど……」
言うと、ミワ先輩は大口を開けて笑った。
「あっはっは、戦うだって?
冗談じゃないね、アンタと戦うなんて想像したくもない」
「え、ええ?」
困惑する僕を尻目に、ミワ先輩は踵を返して本堂の外に足を向けた。
「明日からの攻略、死ぬなよ、イコマ。
アンタが死んだらアキが泣く。
アキを泣かせたら、死んでてもぶっ殺すからな」
無茶苦茶を言いなさる。
この人もこの人で、カグヤ先輩とはベクトルが違うけど良い先輩だよな、と思う。
「……死にませんよ。
僕らは生きるためにここに来たんですから」
へん、とミワ先輩が鼻を鳴らした。
「ほら、やっぱり強いじゃねえか」
●
古都奪還戦争、初日。
朝日が昇ると同時に、進軍を開始する。
部隊編成は、盾兵、弓兵、槍兵を中心に、近接戦闘に長けた遊撃隊を加えた総勢百五十人。
部隊先頭の盾兵が古都の通りに近づくなり、骨の兵士がどこからともなく湧いて出て近づいてくる。
スケルトン。
骨の盾と骨の剣を持つ、近接兵タイプの魔法動体モンスター。
道の角から、あるいは建物の陰から、わらわらと有象無象に溢れ出す。
からからと全身の骨を鳴らし、かたかたとあごの骨を揺らすその様は、まるで笑っているようで、不気味以外の何物でもない。
歩みは遅いが、数が多い。
すぐに道を埋め尽くすほどのスケルトンの群れが、僕らに向かって行進をはじめ――。
「――撃てぇ!」
――僕の掛け声とともに、盾兵の後ろに配置した弓兵たちが、牙の矢・レプリカを射出する。
弓道経験があるもの、弓術系スキルを持つ者はそう多くない。
だけど、盾兵の頭上を飛び越えて、通りの向こうに矢を放つだけなら、数時間の訓練で十分に教えられた。
弧を描いて放たれた牙の矢の群れは、骨の兵士たちに降り注ぎ、その本来の持ち主たちがそうだったように、荒々しく食い破る。
遠距離攻撃は、人類が最強たる所以の攻撃。
盾兵を飛び越え、重力の助けを得た鋭い牙は、骨を砕き、割り、場合によってはスケルトンの構えた盾すら貫通する。
スケルトンの多くを砕き、地に伏せさせた。
だけど、まだ半数以上が残っている。
それに。
「う、動いてるぞっ!」
足の骨を砕いたスケルトンが、両手で這いずってこちらに向かってくる。
……そうだよな。そんな気はしていた。
こういうタイプのモンスターって、どっか割っても動き続けるのが定番だ。
相手は不死なんじゃないかと、兵士たちが不安に揺らぐ。
――大丈夫。その不安は、僕がぜんぶ貰っていく。
「おに――じゃなかった、お姉さん。私がやろうか?」
「いいよ、ナナちゃん。僕がやる。
ううん、僕がやらなきゃダメなんだ」
戦列から、前に出る。
現在の僕のスキル構成は『複製:B』に加えて、タフネス、パワー、スピードのCランクステータス補正三種類と『統率:C』『傷舐め:C』の六つ。
スキルスロット六つのうち、ステータス補正のどれかを切って武術系スキルを入れるか悩んだけれど、対応力を考慮して、いつも通りの構成に落ち着いた。
「キミ、それ貸して」
「ま、マコ様っ!?」
なぜ盾兵の女の子に様づけで呼ばれるのかは謎だけど、彼女からカーボンのライオットシールド・レプリカを借り受けて正面に構える。
深く息を吸って、止める。
「――シッ」
身をかがめ、走る。
呼気は少なく、速度重視で。
プロの短距離走者並みのスピードを生かして接敵。
骨の兵士が剣を構えるよりも早く、
「――らッ!」
跳びあがりながら吶喊。骨の頭に盾ごとぶち当たる。
ごがっ、と頭蓋骨を砕くイヤな感触を盾越しに感じつつ、数体まとめて骨の兵士を吹き飛ばす。
ボディビルダー顔負けのパワーがあるからできる芸当だ。
すぐさま盾を両手で構えなおす。
視線を散らせば、すぐ近くで三体の骨が、足元からは上体だけになった一体の骨が、僕を狙っている。
脅威になるのは、やつらが構える骨の剣。
作りは粗いけど、ぎざぎざした断面は致命的な傷を与えてくるだろう。
当たるわけにはいかない。
三体の剣をライオットシールドで受けつつ、小さくジャンプして足元の骨を回避。
筋肉がないからか、力はそこまで強くない。
僕でも受けとめられる。ランクでいえばDかE程度。
決して余裕とは言わない。
僕に余裕の戦いはない。いつだって必死だ。
着地と同時に、足元の骨の頭蓋を踏み砕く。
同時に体をコマのように一回転させて、盾のフルスイングを骨にぶちかます。
上体がひしゃげた三体の骨が飛んでいき、通りに落ちた。
他の骨にまとわりつかれる前に、バックステップで距離を取り――。
「――うん」
視界を確認。
盾で頭蓋を砕いた骨。足で頭蓋を踏みつぶした骨。
こいつらはもう動かず、骨の端っこから黒い粒子になって分解されていく。
どうやら倒すと消滅するらしい。
だけど、上体の骨が砕けた三体のスケルトンは、がちゃがちゃと震えながら立ち上がろうとしていた。
なるほど、だいたい予想通りだ。
盾を予断なく構えつつ、僕は左手を振り上げ、声を張った。
「次の矢を用意!
盾兵も恐れる必要はありません!
カーボンなら問題なく受けられますし、殴れば砕けます!」
恐れなにもかも、僕が持っていく。
「アタマです!
頭蓋骨を砕けば、消滅します!
弓兵は可能な限り頭を狙って!
槍兵は近づかせないように頭狙いで突き主体の戦いを!
もしも難しければ、足を砕いて動きを止めてから頭を狙っても十分です!」
数は多い。
不気味で、理解できなくて、それだけで足がすくむような相手だ。
骨が動くってなんだよ。オカルトかホラーか、それこそ……ゲームか。
だけど。
「大丈夫、僕にもできたんです!
予定通り行きましょうっ!」
左手を振り下ろす。
「第二射、撃てぇ!」
再度、僕の頭上を越えて、矢の雨が降り注ぐ。
骨が砕け、砕き切れなかった骨が起き上がり、だけど今度は――すくまない。
誰の足もすくんでいない。
その証拠に、ほら。
おおお、と兵士たちの声が響き渡っている。
●
――二時間後。
僕らは碁盤の右上、最初の一マスを確保した。
なお、後ろからはセーラー服に革の防具を重ねて着用した美少女将軍が盾アクションで骨の怪物を五体潰した様子が見えています。
世の中の上司全員コレになれ。
★マ!




