44 陣設置
本日天気晴朗なれど、我が田舎県には海がないので波もない。
つまるところ、絶好の戦争日和である。
「ええと」
と、小さく言った言葉が、マイクとスピーカーを通して旧市街地に大きく広がる。
僕は大きな駐車場に設置された壇上に立っていた。
連合軍六百人を前にして。
……なんでこんなことになったかというと、あの悪戯っぽい悪女生徒会長レンカちゃんのせいである。
『あ、マコ様、出陣前にちょっとこの上に立ってくださいません?
そう、そこですの。
――それでは我らが将軍マコ様からのお言葉です』
言われた通り壇上に立った途端、周囲を覆っていた布がばさりと落ちて、壇上のマコちゃんがあらわになったわけである。
打ち合わせも無しにやることじゃねえだろ!
と思ったけれど、後の祭りというわけだね。だれか助けてくれ。
「その、ええと……僕は、ですね」
言葉がすべて、反響して遠くへ届く。
ひそひそと、兵士たちが口々に「僕っ子……?」「僕っ子だ」「遠くから見たことはあったけど、顔だけじゃなくて声もかわいいな」などと言い始める。
うう……。ホントに恥ずかしい。
だけど、僕がここに立たされた意味はわかる。
「僕はイ――、ええと、マコと言います。
みなさんを率いるのが、仕事です」
常時発動スキルである『統率:C』を、強く意識する。
群れの長として、彼らに示さなければならない。
ついてきてほしい、と。
ついてくるに値する相手である、と。
「こんな若輩に務まるのかと、ご不満やご不安があると思います」
ざわり、と声が波打つ。
浮足立っている。緊張している。不安がっている。
当然だよな。僕だってそうだ。
戦争なんて、平和ボケした日本生まれの僕たちじゃ、予想もできない大事態だもん。
「僕もそうです。不安があります。恐怖があります。
僕なんかに務まるのかと、いまこの段階になっても震えが止まりません」
朝礼の校長の話じゃないんだ。手短にやってしまおう。
「だけど、それでもここに立ちます。
みなさんの前に立って、言います」
うん。
結局、ひとにできることは限られている。
できないことは、たくさんある。僕も、彼らも。
「みなさんのぶんまで、僕が不安がります。
だから、みなさんは安心してください。
みなさんのぶんまで、僕が怖がります。
だから、みなさんは怖がらないでください。
僕が、みなさんの震えを受け持ちます。
みなさんのぶんまで震えます。
いっぱい不安がって、いっぱい怖がって、いっぱい震えて――そうしたら、みなさんのところに残るのは、勇気と希望だけです。
ね、そうでしょう?」
だから、できることを言おう。
命を預けてほしいなんて、口が裂けても言えやしない。
みんなの命は、みんなのものだ。
だけど、あなたたちの命を脅かし、震えさせるものたちは。
どうか、僕に預けてくれませんか。
そうお願いするしかない。
「僕らは勝ちます。僕が、勝たせます。
僕はそのために、ここに立っています。
こんな言葉しか持たない僕だけど、その。
……ついてきてくれますか?」
ちょっと照れちゃって、締まらない終わり方になったけど。
おおお……!
と、手を振り上げる戦士たちを見る限り、意気高揚の役目は十分に果たせたようだ。
「薄幸美少女将軍がおれたちを導いてくれる!」「ああ、おれたちの……勝ちだ!」「不安以外の気持ちも受け取ってもらえませんか?」
なんか妙な盛り上がり方をしているのが気になるけど、とにかく役目は十分に果たせたようだ!
●
進軍は順調に進んだ。
旧国道を使い、北進する本隊の総数は六百人と少し。
工員による樹林の伐採、瓦礫の撤去等を挟みつつ、少しずつ進む。
古都までの道のりは五十キロ。
ステータス補正のある僕らなら、五時間で辿り着けるけれど、今回は人数も物資も多い。
丸一日かける予定だ。
その間、頭にデカいキノコを生やしたクマのマッシュベアや、ギャングウルフの群れを幾度か観測したけれど、こちらの数が多いからだろう、手出しはされなかった。
今後たくさんの往来が見込まれるし、道の安全確保を兼ねて、無理のない範囲で狩りをおこなう。
戦争前にいたずらに消耗するわけにもいかないから、深追いはしない。
夜は旧国道の上に簡易的なキャンプを張る。
六百人もいれば大所帯だけれど、僕の『複製』があれば物資はいくらでも補える。
不便はあるだろうけれど、不満はないよう頑張った。
日が昇ったら出発し、予定通り昼すぎに古都近辺に到着。
東側に回り込むように行軍し、世界遺産の寺院史跡に陣の敷設を開始した。
安全確保、バリケードの設置、簡易発電機のセッティングなど、やることはたくさんあったけれど――これも、数にものをいわせて数時間で終了。
日が高いうちに、史跡の制圧を完了させた。
首脳部は寺院の本堂にした。
本堂には、半分崩れたデカい大仏が静かに座っている。
仏さまに見守られているのだ、きっと安全だろう……と、そんなゲン担ぎも兼ねている。
僕は仏教徒じゃないけどね。
ご本尊を見るのは、中学校の遠足以来だろうか。
なつかしさに浸っていると、周囲で『掃除』をしていたナナちゃんが戻ってきた。
「……お兄さんは、もう街は見た?
聞いてはいたけど、古都内部は侵食樹林がないって本当なんだね」
少し興奮しているのは、狩りの余韻か、それとも古都を眺望した感想か。
「私は間違いなくなにか理由があると思っているんだけど、お兄さんはどう思う?」
ナナちゃんが、薙刀の刃をボロ布で拭いながら言う。
どうやらワザの冴えは絶好調らしい。
『統率:C』により、コンディションにも補正のかかったナナちゃんに騎士クラブの面々も加われば、もはやBランクモンスターなど敵ではない。
「ナナちゃんは『地球ゲーム化説』派?」
うん、と頷かれる。
ラジオ『オールナイト元・日本』でも人気の論説だ。
なにものか――神か悪魔かわからないけれど、地球をぶっ壊した超越的な存在が、ゲームのようなモンスターとスキルを用意して、地球をゲームにしたのだ、という説。
荒唐無稽だけれど、事実、関東圏は大ダンジョン地帯となっているそうだし、古都がダンジョン化していてもおかしくはない。
「近くに来ると、なおさらそんな気がしない?
なんというか、ストラテジー感あるマップじゃん」
それは古都がそもそもそういう街だからだよ。
「でもまあ、ダンジョンかぁ。
そうだとしたら、あんまり嬉しくないなぁ」
「どうして?
ゲームのダンジョンならむしろ『必ず攻略できる』ってことじゃない?」
「いや、それはそうなんだけどさ」
頬を掻く。
ひとつ困ったことがある。
いや、その可能性も考えてなかったわけじゃないけど、情報がなさすぎて準備ができなかったのだ。
「ダンジョンならさ。ボスがいるじゃん」
「……あ」
ナナちゃんが口を開けて固まる。
そう。
もしもここが大都市圏同様にぶっ壊されているとすれば。
天変地異に次いで文明崩壊に寄与した存在、ドラゴンがいるかもしれないのだ。
次回から古都奪還戦争開始です。
しばらくネタが少ない感じですが、ご容赦を……!
★マ!




