42 作戦
そして、僕は美少女になった。
長袖のセーラー服とスカートを纏い、色の濃い110デニールのタイツに足を通し、黒のウィッグとメイクで顔もばっちりキマっている。
こんな格好でキマりたくなかった。
「お兄さんかわいいね、目線ちょうだい」
「あら、コレはなかなか……以前も思いましたけれど、似合いますわねぇ」
「童顔だから馴染むっしょ。さすがに骨格まではごまかせないけどねー」
「はわわ、いっくんが……いっちゃんに……」
ナナちゃんの構える一眼レフのレンズから身をよじって逃げつつ――「恥じらいのポーズ!? いいね、わかってるねぇ……!」じゃねえよ――僕はヤカモチちゃんに訴える。
「仮面で良かったじゃん!
なんでガチ女装なんだよ!
しかもセーラー服だし!」
「仮面とか、それこそ怪しすぎるし。
聖ヤマ女村の食客として軍を率いるんだから、制服着るのがいちばん自然じゃん」
「ぐうの音も出ない正論を言うな! 泣くぞ!」
「いいね、泣き顔も撮影しよう」
「イコマっち泣いちゃダメだし。メイクが落ちちゃう」
ナナちゃんにパシャパシャ写真を撮られると、羞恥心で本当に泣いてしまいそうだ。
前回女装したときはまだネタ感があったけれど、美少女に見えるようメイクを施されると、『面白さ』よりも『恥ずかしさ』が上に来る。
なるほど、新しい知見を得た。女装豆知識だ。
いらねえ。
「ていうか、声はどうするんだよっ。
指示するとき、声出したら絶対バレるじゃん!」
「お兄さんならミックスボイスくらい出せるんじゃないの?
どうせ出せるでしょ、ほら、メス声出してよ」
「出せと言われて出せたら苦労はねえよ!
僕は両声類じゃねえんだからさぁ!」
でも試しに一回やってみた。
なんか普通に出た。
「んっ♥」みたいな甘い声が出た。
ややハスキー気味なのがえっちだった。
「出るじゃん」
「僕もびっくりだよ!」
僕の喉からこんなにえっちでかわいい声が出るなんて思わなかった。
自分の小器用さに驚愕する。
……よし、一人の時間を作れたら、えっちな声を録音して遊ぼう!
「いっくん、えっちなこと考えてるでしょ」
「はっはっは、なにも考えてませんよ、無心です。
ところでレンカちゃん、ボイスレコーダーって聖ヤマ女村にないかな?
一個複製させてもらえない?」
「考えてますわね、絶対えっちなこと考えてますわね。
――えっちなことですって!? いやらしい!」
それはそう。
「ではなくて。こほん。
いい加減、話を戻しましょうか。
えっちボイスの録音台本はわたくしが書いてもよろしくて?」
「戻せよ、話を」
ともかく、戦争の話である。
「戦争中、この格好で軍を率いるのは仕方ないとして――百歩譲って仕方ないとして!
どうやって攻めるか、だけど。
正直、古都周辺のモンスターに関して、厳しい相手はいないと思う。
気を付ける必要はあるけどね」
特に、ギャングウルフとマッシュベア。
どちらも強力なBランクモンスターだけれど、僕らは戦士だけで三百人を数える連合軍。
装備も整っているとなれば、どうとでもなる相手だ。
だから、問題になるのは古都外部のモンスターではなく。
「古都内部特有のモンスター。
二年前、天変地異後の集団暴走で見たよね。
獣系じゃなくて、魔法動体系……スケルトン、グール等のリビングデッド。
こいつらはCランクだし、ギャングウルフみたいに連携も取れないけど、タフネスがあるうえに数が多い」
さらに、僕は見たことないけど、魔法を使う上位種もいるらしい。
火球を飛ばして攻撃してくる骸骨を、二年前に古都から逃げた市民が見たという。
「そういう上位種は、単体でBランク以上はあると考え、数人単位のチームで対処する。
達人級の兵士と同等の相手だ、油断はできない」
言うと、ヤカモチちゃんが神妙にうなずいた。
「人類固有の利点、『遠距離攻撃』を使ってくる敵ってことね」
「そういうこと。
古都内部での戦闘は、孤立したら負けるだろうね。
だから――」
畳の上に目をやる。
そこにあるのは、図書室の地図を流用して作った古都の図面だ。
整然と碁盤の目状に区切られた街並みが、古都の特徴である。
往古、大陸の大国だった唐の首都を真似てデザインされたと、学校の授業で習った。
これほどわかりやすい街もない。
僕は碁盤の右上、緑色に塗られた部分を指さして示す。
「――僕らは決して孤立してはいけない。
古都南部に辿り着いたら外縁を回り込んで、北東山間部の寺院史跡に陣を張る。
見晴らしが良いし、高所だから防衛にも向いてるはず」
「いっくん、そこ世界遺産だよ。勝手にそんなことしていいの?」
「だれにも怒られないですよ、国連とか滅んじゃってますし。
もちろん、貴重な文化財をキャンプ地にしてしまうのは心苦しいけれど――そう、これはまさに『仕方ない』ってやつですから」
言うと、女子連中が小さく笑った。なんだよぅ。
ともかく、碁盤の右上から攻めていく予定だ。
「ありがたいことに、街の構造はマス目状になっているから。
これを基準にして攻めていこう。
ひとマスずつ制圧して、道にバリケードを設置。
安全確保ができ次第、非戦闘員の工員を入れて、マス目内を整備。
補給線として成立させられたら、さらに隣接するマスを取っていく……って感じかな」
ちょっとずつこっちの領地を増やしていくイメージだ。
ひとつずつ堅実に取っていけば、問題はないはず。
「そして最終的にはすべてのマスを取る、と。
びっくりするほどシンプルな作戦ですわね」
「ややこしい作戦をやる練度もないしね」
言っちゃなんだけど、たとえ『統率』があろうと急ごしらえの素人軍隊には違いない。
「予想外の事態が起こった場合、迅速に陣まで撤退。
そうそう陣まで攻め込まれたりはしないだろうけど……。
もしも寺院史跡の陣から敗走する場合は、先頭をレンカちゃん、しんがりを僕がやる」
レンカちゃんが眉をひそめて、顎に指を当てた。
「イコマ様、将軍とはそういうものではありませんわよ?
いちばん危険なところを、わざわざ――」
「わかってる。……だけどさ」
僕は大人にはなれない。
大人がなんなのか、まだぼんやりとした輪郭すらも見えないけれど、でも、きっとコレは大人げのない甘さなのだろう。
『統率:C』も『傷舐め:C』も、それからなにより『複製:B』も、生き残らせるべき能力だと思う。
だけど。
「たとえ甘いと言われても、おこちゃまだと言われても、さ。
一人でも多くを生き残らせるのが、人類の戦いだと、僕は思う。
だから、一番危なくて、大事で、だれもやりたがらないところは、僕がやる」
こればっかりは譲れない。
「ですが――」
「レンカちゃん、将軍は僕だ」
少し語気を強めて、言う。
「僕に軍を任せたのは、キミだろ?」
「……んもう、イコマ様ったら。
そんなにかわいいお顔ですごまれたら、わたくし、変な趣味に目覚めてしまいそうですの」
溜め息を吐いて、レンカちゃんが言った。
「わかりましたわ。
すべては将軍の仰せのままに――ただし、決して命は捨てないでくださいな」
「もちろんだよ」
一人でも多く――その中には、当然、僕も含まれているのだから。
「勝って、生きよう」
僕がそう締めくくると、ナナちゃんがおもむろにカメラで僕の顔を撮った。
な、なんだよ。
「美女装男子お兄さん子ちゃんのキメ顔写真……コレは使える……!」
「使えるってなんにだよ」
「ナナちゃん、いっくんの先輩である私にもその写真を所有、および使用する権利があると思います」
「カグヤ先輩!?」
と、まあ。
そんな風に、締めても締まらないのが僕たちらしいところである。
うまく説明できてるかわかりませんが、
・碁盤の目状の四角い街の右上に陣取って攻めるよ!
・マス目一個ずつ攻めて取っていくよ!
・イコマは女装が似合うよ!
という感じです。
戦記は初めて書くのでどきどきです。
★マ!




