40 久しぶり
二週間と数日ぶりの再会は、思っていたよりも激しかった。
「いっくんっ!」
「わっ、と……」
守衛室に入ってくるなり、カグヤ先輩が僕に抱き着いてきた。
あぐらを掻いて小物の『複製』をしていた僕は、慌てて両手でカグヤ先輩を抱き締める。
「あああああ会いたかったよおおおおおお」
涙でぐちょぐちょになった顔を僕の胸元にこすりつけながら、カグヤ先輩がむせび泣く。
僕も無事に会えたのは涙が出そうなくらい嬉しいんだけれど、守衛室にいるのは僕らだけではない。
「カグヤ先輩、あの、みんなが見てますから……」
「はっ! そうだった!」
守衛室内には僕とカグヤ先輩の他、ナナちゃん、レンカちゃん、ヤカモチちゃんが揃っている。
そんな中で抱き着かれるのは、さすがにちょっと恥ずかしい。
だけど、カグヤ先輩は抱き着いたまま後ろを振り返り、三人の表情――全員真顔――を確認して、もう一度僕の胸元に顔をこすりつけ始めた。なんで?
「もっとしっかりマーキングしておかないとっ!
ぐりぐり……ぐりぐり……」
「カグヤ先輩っ、ちょっ、離れて……!」
「ふぅーっ……ふぅーっ……すぅ……はぁ……」
「先輩そこで深呼吸しないで、やめて、汗かいてて恥ずかしいから」
「すぅーっ……ズッ」
「ねえいま何を吸ったの? 先輩? 何を吸ったの?」
「……うー」
なにかを吸ったカグヤ先輩が、うらめしそうに上目遣いで僕を見る。
「いっくん、座りなさい」
「え、ええと……座ってますけど」
「正座っ!」
慌てて正座に居直る。なお、その間もカグヤ先輩は離れてくれなかった。
おなかあたりに大きくて柔らかい感触を感じつつ、平常心を保ちながら体勢を変えるのは大変な労力であった。
姿勢を正した僕に、カグヤ先輩は「むぅ」顔で言う。
「いまのいっくんからは、ほかの女の匂いがします。
不埒です。不健全です。不健康です」
「ほかのおん……えっ?
いやまあ、女子校に住んでるわけですし……。
それは致し方ないのではないかと……」
「言い訳無用!
女性の匂いを振りまくなんて、あまりにも不健康だよぅ!
なので、先輩である私の健全な匂いで上書きするまで、このままでいること!」
「ええっ!? いやあの、さすがにちょっと――」
かわいい(そしてでかい)カグヤ先輩に抱き着かれるのは役得だけれど、いろいろ作業もあるし……。
ていうか結局カグヤ先輩も女性なんだから、女性の匂いを振りまくことに変わりはないんじゃないだろうか。
どうしたものかと困っていると、真顔のナナちゃんがカグヤ先輩の脇を持って、ずりっと引っぺがした。
「はい、そこまで」
「あう、なにするの!
感動の再会を邪魔しないで!」
「なにをするのはこっちのセリフだよ、お姉さん。
お兄さんに……私のお兄さんに」
「『私の』っ!? いま『私の』って言った!?
……くんくん……あッ、この子いっくんの匂いがする!
まさか……っ!」
ナナちゃんがふふんと鼻で笑う。
「そういうことだよ。
ふふ、悪いね、お姉さん」
「こ、このお……!」
よくわかんないけど物騒な遣り取りを行う二人の間に、見かねたヤカモチちゃんが割って入った。
「ナナもカグヤっちも、いまはそれどころじゃないし」
「くんくん……はっ、このギャルからもいっくんの匂いが!」
「しねえし!?」
「おなかのあたりが特に濃い……やだ、いやらしい……!!」
「うう、やっぱりヤカモチの方が濃密なんだ……!!
ねっとりなめなめだったんだぁ……!!」
「やめて!? 巻き込まないで!?」
ヤカモチちゃんが真っ赤になって両手をばたばた振り回す。
ぎゃーぎゃーわーわー騒ぐ女の子たちを見つつ、僕は小物――包帯や消毒液といった薬品の『複製』を進める。
うーん、戦争前だというのに、みんな元気だなぁ。
いや、元気がないと戦争なんてできないか。
「……と、なんでレンカちゃんが僕に抱き着いてくるの?
どういう流れ?」
「いえ、一番『薄い』のはわたくしかなぁと思いまして。
せっかくなのでこすりつけておこうかと」
「なにを?」
「あーッ!
レンカが抜け駆けしてる!
ずるい!」
だばーっ、とナナちゃんが僕に抱き着いてきた。続けてカグヤ先輩も。
「いっくんは私のだもん!」
だきっ、と。
そして、なぜかヤカモチちゃんまでもが。
「……ま、まあ、アタシのおなか舐めた責任は取ってもらわないとだし……?」
ぎゅ、と僕に抱き着いてきたので、さすがにこらえきれず、なだれるように畳の上に倒れ込む。
積んでおいた包帯の山を崩して布塗れになった僕らは、だれからともなくこらえきれないように笑いだし――ひとしきり笑ったあと、目じりに涙を浮かべたカグヤ先輩が言った。
「久しぶりだね、いっくん!」
半泣きながらも満面の笑みは、思わず見とれてしまうほどかわいかった。
まさかまさかの総合日間5位で表紙入り、本当にありがとうございます!(2020/10/29)
十万文字超えたら一日一回更新にしようとか思ってたんですが、せっかくなので区切りまでは毎日三回更新で頑張ります!
★マ~!




