35 閑話 レイジ、A大村に戻る
レイジはいらいらしていた。
一週間だ。
一週間が、経過したのだ。
――なんなんだ、あのメスどもは……!
最初、聖ヤマ女村は、交換条件を求めているのだと考えていた。
『イコマを引き渡してほしいのであれば、なにかを寄越せ』と。
女所帯だ、足りないものも出てくるだろう。
男手が欲しいに決まっている――そう思い、毎日通っては「なにかすることはないか」「手伝うことはないか」と話しかけ、イコマを引き渡すよう交渉してきたが。
『手伝うこと? ございませんねぇ。
うーん、明日には……あるかもしれませんわねぇ』
『イコマ様を引き渡せ? あら、それは困りますわね。
彼は大事なお客様ですもの……しかしお話があるのは承りましたわ。
本日、イコマ様に話を通しておきますので、また明日来てくださいな』
と、そんな風に、のらりくらりと会話をかわされて、丸七日。
サバイバルは苦手ではないが、一週間ともなれば精神にクる。
飯は野獣の肉や野草ばっかりだし、寝床は半分植物に侵食されたボウリング場の廃墟で悪環境。
その上、このあたりはモンスターが多いらしく、戦闘も多い。
妙に強いモンスターもいて、困りものだ。
「……んぅ……せんぱぁい……」
ボウリングレーン脇のソファで、馬鹿女がのんきに寝息を立てている。
腹立たしいことこの上ない。
レイジは立ち上がり、ボウリング場の外に出た。
昼すぎの駐車場の空気が、ぬるく肌を撫でる。
部下たちが忙しそうに歩き回り、物資を確認したり、武器を整備したり……そういう下っ端のやる作業を行なっている。
鼻に饐えた血の臭いを感じて視線を遣ると、部下の一人が背中をこちらに向けて、仕留めたモンスターの肉を解体していた。
「……解体はおれらの仕事じゃねえっての。
レイジさんはヤって寝て……いい身分だよなぁ、ホント」
普段は血抜きだけ行い、解体は精肉班や加工班に丸投げだ。
だから、多少は知識があるというこの部下に任せたのだが、作業は荒いし、血抜きの雑な肉は味も悪くていらいらする。
そのうえ、小声で陰口まで言うとは。
――クソが。
「おい」
と声をかける。
うろんげに振り返った部下が、慌てて立ち上がり頭を下げた。
「レイジさんッ! おはよざーッす!!」
うるさい挨拶だ。
声が小さくてもムカつくが、デカい声もムカつく。
なにをしてもムカつく部下ということだ。
――おれが躾けてやらんとなぁ。
それが班長の仕事というものだ。
不満が溢れる前に、一発締めてやる必要があるだろう。
「おまえ、いま仕事に文句言ってたよなぁ。
おれが振り分けた仕事によ」
「い、いえ! 滅相もないっす!」
「そうか。いや、疑って悪かった」
「えっ……」
ぽんぽんと肩を叩き、笑いかける。
そのまま右手を部下の肩に置いたまま、レイジは言った。
「じゃあ死ねや」
『パワー強化:B』による怪力が、部下の左肩を握りつぶした。
みしみしッぱきょッ、という鳴ってはいけない音がして、レイジの右手にたしかな『割った』感触が返ってくる。
「ぎィあぁ……ッ!?」
「なあ。おまえ、文句あるか?
おれに肩ァ潰されて、文句あっか?」
「ひィ、なッ、ないっす、ないですゥ!」
「ああ、そうだよな。おまえは文句なんて言ってないんだもんなぁ……!」
邪魔な部下を蹴り転がして、レイジは周囲の部下たちを見回した。
その視線は、畏れと恐怖。
――ああ、いい目だ。
「文句があるやつァいねえか?
なあおい、文句があるなら聞いてやる」
誰もなにも言わない。それでいい。
だが、しつけに必要なのは飴と鞭だと、レイジは知っていた。
鞭を見せつけたあとは、飴をちらつかせる必要がある。
――どちらにせよ、ジリ貧だ。帰るしかねえ。
もともと、昨日あたりから考えていたことではある。
レイジは手を挙げて注目を集めつつ、今後の予定を発表した。
「てめえら、一回村に帰るぞ。俺らの村にだ。
パクリ野郎の居場所は突き止めた、成果はゼロじゃねえ。
いま帰っても文句は言われねえ。……おれが言わせねえ」
全員を見回す。どいつもこいつも、馬鹿面下げて集まっている。
「いいか。おれらが得た成果はパクリ野郎の居場所だけじゃねえ。
『聖ヤマ女村はパクリ野郎の一味かもしれねえ』つう情報だ。
いいか、この情報を持って帰り、おれらは装備を整えたうえでもう一度、聖ヤマ女村に戻ってくる。
パクリ野郎を探すためだ。武力行使も仕方ねえ、罪人をかばってるかもしれねえんだからな。
そして、もし聖ヤマ女の女どもが邪魔しようってんなら、そいつらはもう『かもしれねえ』どころじゃねえ。
確実に『罪人の味方』で、つまり罪人と同じってことだ。
おれらには罪人を拘束する権利と義務がある。
そしたらよ――」
にやりと笑ってみせる。
「――罪人どもをどう裁くかは、おれら次第ってこった。
ナニをシてもいい。そうだろ?」
おお……、と部下たちが息を漏らす。
これが飴だ。
レイジについてくれば、手に入るものがデカいと教えてやる。
無限の恐怖と、ほんのわずかな報奨。
優秀なリーダーの条件がソレだと、レイジは――少なくとも自分では――信じていた。
地面に転がって呻く間抜けを蹴っ飛ばし、レイジは声を張り上げる。
「オラァッ、わかったら準備しやがれ!
この馬鹿にもテーピングしろ! さっさと出発すんぞ!」
行動は迅速。
数時間もしないうちに、レイジたちはボーリング場廃墟を出発した。
道中戦闘なども挟みつつ、丸三日をかけてA大村に辿り着き、意気揚々と新たな情報を班長連中に教えてやろうとしたのだが――。
「な――なんだよ、これはァ!?」
そこでレイジたちは、人口が半分以下になったA大村の姿を目にしたのである。
次回、カグヤ先輩の閑話です。
レイジたちがいない間のA大村で、なにが起こっていたのか――が、一話にまとまらなかったので、ここからうまいこと展開していきたいところ。
どきどき。
「面白!」「続き気!」「★!」「ブクマ!」




