34 最強の武器
戦争準備も兼ねて『複製』依頼の量が跳ね上がった。
それに伴い、いちいち守衛室へ物資を運びこんだり運び出したりが面倒になったので、『複製』時に限って、聖ヤマ女村内で作業することになった。
村内と言っても、ごく一部。
具体的には小体育館のひとつ――なんと驚いたことに、お嬢様学校である聖ヤマト女子高等学校には体育館が大小あわせて四つある――を倉庫代わりにして、僕は守衛室と小体育館、そしてその二つを結ぶ道しか通ってはいけないルールだ。
今日はレンカちゃんが『複製』依頼の確認も兼ねて付き添いしてくれている。
男に見張りが必要なのは、聖ヤマ女村の性質上仕方がない。
のは、わかるんだけど。
「なんで僕まだ女装させられてんの?
しかもウィッグして化粧した完成版だし」
なお、僕に仕上げを施したのはヤカモチちゃんである。
非常に楽しそうだった。たいへん盛られた。
「ジャージのオトコがしれっと入ってくるのも問題ですので、妥協案としての女装ですわ」
「どこをどう妥協したんだよ」
「男性恐怖症のみんなは嫌がりましたけれど、ナナが撮ったイコマ様女装モード……イコマちゃん様の写真を見せたら『まあこれなら』って」
「それでいいのかよ」
もうちょっと、メンタルケア方向に意識をやったほうがいいんじゃないだろうか。
「わたくしたちがイコマ様を『女装させている』状況が大事なのです。
聖ヤマ女村内では女が男をコントロールできている、だから問題ない、と。
どちらにせよ、彼女たちも戦争が終わるまでは『複製』に頼らざるを得ないと知っていますもの。
自分を納得させる理由が必要だったのでしょう。
案外、すんなりと受け入れてくれましたわ」
自分を納得させる理由、か。
そう言われると、なんとなく、気分が俯いてしまう。
「それもつまりは『仕方ない』ってことだね……」
「あら、ずいぶん沈んでますわね」
と、苦笑された。
なんだよ。悪いかよ。
人間のモラルが『仕方ない』なんて理由で簡単に傾いてしまう事実。
その事実に、悲しいとか悔しいとか、よくわかんない感情を抱いてなにが悪いのさ。
「いえ、悪くはありませんの。
ヒトの善性を信じられるのは強さですもの」
「あ、やっぱり? ヒトを信じられる強さこそが良いものってことだね!」
「いえ、良くもありませんの。
ヒトの悪性を直視できないのは弱さですわよ。
はい、次はこちらです」
ぐうの音も出ない僕に、レンカちゃんが大きな盾を手渡してきた。
元は聖ヤマ女村内に常備されていた、カーボン素材の防弾盾……いわゆるライオットシールドというやつだ。
さすがお嬢様学校、暴漢対策もばっちりというわけだ。
僕がもし仮に変態だったら、これを構えられていたことだろう。
変態じゃなくてよかったー。
複製予定数は二百枚。けっこうな数である。手を止めている時間はない。
スキルを発動してどんどん数を増やしつつ、ため息を吐く。
「僕、まだまだ大人にはなれないなぁ、僕」
「そう思えるならば、じゅうぶん大人でしょう。
自分を大人だと思い込んでいるヒトほど、厄介なものですわよ」
すまし顔でそんなことを言うレンカちゃんは、とても大人っぽい。
一応、数か月とはいえ僕の方が年上のはずなんだけどなー。
●
文明崩壊よりもはるかに前、人類が地球の覇者であった時代。
実のところ、その時代であっても、決して人間は強い生物ではなかった。
クマに遭えば食われて死ぬし、
牙もなく。
爪もなく。
力もなく。
けれど、前史――僕らの祖先である類人猿の中で、牙でも爪でも力でもなく『物を掴むのに適した手指』と『物を投げるのに適した骨格』を持つものが生き残り、今日に至るまで進化してきた。
牙よりも、爪よりも、力よりも、ただその能力の存在が人類を最強の獣たらしめた。
石を拾って投げるところから始まった僕ら人類の覇道は、自然物を使った投槍、弓矢から青銅器、鉄器を経て火薬を見出し、銃器、大砲、果ては大陸間弾道ミサイルに至った。
つまるところ、遠距離攻撃こそが、人類最強の戦闘法なのである。
という話を、ギャングウルフの牙を取り付けた特製矢を『複製』しながらしていたところ、ナナちゃんから待ったが入った。
「いや、最強は薙刀だよ、お兄さん。
私なら飛んでくる矢も槍も全部叩き落とせるもん」
「達人級は言うことが違う……」
僕が『複製』をする横で、体操着姿のナナちゃんとヤカモチちゃんがストレッチをしている。
夕方前に、執務があるというレンカちゃんと交代して二人が僕の監視役になったのだ。
体育館の床で、半袖短パンの体を押したり引っ張ったりしながらくんずほぐれつしているのは、非常に健康的であり、その光景に思わず目を奪われてしまう。
特にヤカモチちゃんの胸部が半端なく巨大な健康的さで、柔軟体操で床に押し付けられ『ぐにゅーっ』と潰れる様などは、とてつもなくBIGな健康的さである。
「……お兄さん、どこ見てんの」
「いや、すごいなーって思って」
「えへへ、アタシ、体の柔らかさには自信があるんだ」
「確かにすごく柔らかそうだ」
「お兄さん、あとでゆっくりお話をしよう。
スレンダー体型の良さを骨髄に刻み込んでやる……!」
言い回しが不健康的なのでやめてもらいたい。
これ以上話題が健康的にならないよう、話を遠距離攻撃に戻そう。
「達人でなくても強い武器だからこそ、最強の武器なんだよ」
「イコマっち、アタシは納得できるよ、それ」
ぺたんと床に上体をつけているヤカモチちゃんが、僕の手元で毎秒『複製』されていくギャングウルフの牙矢をじっと見ながら言った。
「アタシも『予見』があるから、一本や二本なら矢は回避できる自信あるけどさ。
弾幕を回避し続けるのは無理だし、なにより薙刀だけじゃこっちから攻撃できないじゃん」
そういうことだ。
地味に威力も高く、当たると普通に死ねるからね、弓矢は。
特に長弓、ロングボウと言われる種類の弓の威力はすさまじく、厚さ数ミリの鉄板なら問題なくぶち抜ける。
歴史の古さゆえに『今じゃ通用しない昔の武器』だと思われがちではあるものの、『鎧を纏った人体すら貫通可能』な威力を持つ兵器に変わりはない。
「あえて難点を挙げるとすれば、運用コストの高さかなぁ。
射たあとの矢も回収できるとはいえ、矢を供給し続けるのは難しい。
事前に準備しておくとしても、矢じりに骨なり鉄なりが必要である以上、その数にはどうしても限りが――」
柔軟体操から起き上がった二人が、僕を半目で見た。
「な、なに……?」
「秒速一本ペースで矢を量産してる人に『供給し続けるのは難しい』とか言われると、ギャグにしか聞こえないし……」
「あれで自分は『大したことない』とか言うんだもん、どっかバグってるよ、やっぱ」
「いや……まあ、こういう消耗品と相性がいいのは自覚してる、よ?」
「おお……自覚が芽生えている……」
「成長じゃんっ、えらいえらい」
やめろ。
頭を撫でるんじゃない。
子供じゃないんだぞ。……大人でもないけどさ。
「大丈夫だよ、はたから見れば女の子が三人イチャついてるようにしか見えないから。
実際は年下の女の子二人に撫でまわされて喜んでる女装成人男性が一人いるという大変倒錯的な状況だけど。
まあしょうがないね、変態お兄さんだから……」
「僕がこの状況を望んでるみたいな言い方やめろ!」
そんなこんなでわちゃわちゃしつつ、武器と防具の『複製』は夜まで続いた。
「ところでさ、そのカーボンの盾で弓矢を受け止めたらどうなんの?」
「あー……多分カーボンが受け止めると思うけど、試す勇気はないなぁ」
投擲武器がほぼ使い放題になるの、マジで強いな……。
通常弾レベル1みたいなもんですよ(微妙に強く見えない例え)
「面白い!」「続きが気になる!」「★!」「ブクマ!」




