33 やつらの到着
そして、僕が聖ヤマ女村に来てちょうど一週間。
もともと僕が村を出る予定であった日のことである。
僕は昼過ぎになっても寝ていた――自分でいうのもなんだけれど、非常に珍しい。
早寝早起きが信条の僕でも、さすがに疲れが出ていたようだ。
『複製』する品が大幅に増えたことはともかく、レンカちゃんたちとの作戦会議や内容の確認が大変疲れる。
脳みそ使うタイプじゃないんだよな、とにかく手を動かして作業をするタイプだから。
そんなわけで、守衛室の布団でぐっすり眠っていた僕に、声をかけたヒトがいたのだ。
「起きてください、イコマさん」
「んむぅ……もうちょっと寝かせてよ……」
「しょうがないですね」
はぁ、とため息のこぼれる音と共に、畳がきしむ音がして、すぐに僕の耳元に吐息がかかった。
「ね♥ いこまおにーちゃん、おっき、しよ……♥」
「ホワァアッ!?」
びっくりして跳ね起きてしまった。
「ようやくおっきしましたか、イコマさん」
「びっくりしたわ! どうやって入ってきたのさっ、えちち屋ちゃん!」
「鍵を持っております。先生ですので」
えちち屋ちゃんはちらりと布団の下の方を見て、「まあ」と口元に手をやった。
「おっき♥ おっき♥」
「してねえよ!
やめろASMRみたいな声出すの!」
心臓に悪い。
というか、本当に何をしに来たんだ。
「昨夜遅くまで『複製』に取り掛かっていたそうで、お疲れとは思いますが、緊急です」
「き、緊急? なにが?」
「来ましたよ、イコマさんを追うハンターたちが」
「最初にそれを教えてよ!
は、はやく確認しないと……!」
ついに来たのか。
いや、来ることはわかっていたけど、それでも慌ててしまう。
おろおろする僕を、えちち屋ちゃんが手を立てて制した。
「慌てずに。現在、予定通り会長が対応中です。
こちらに水桶を用意してありますので、まずはご準備をなさってください。
それから、こちらの服を用意しておきました」
言われるがままに水桶で顔を洗い、服を着替える。
寝間着も兼ねたジャージを脱いで、色の濃いストッキングを履き、セーラー服に袖を通して、スカートのホックを留め、最後に象徴であるスカーフをきゅっと結べば、準備完了だ。
「よし!」
えちち屋ちゃんの差し出す鏡を見る。
セーラー服を着用した僕が映っていた。
「よしじゃねえ! え、なにこの服!」
「差し出した時点でツッコミが入るものと思っていましたが、全部着用してからとは、丁寧な……さすがですね」
「寝ぼけてたんだよ!」
「その割には手付きがあまりにも淀みなくて驚きました。
慣れてるんですね、女装」
「慣れてねえよ!」
手慣れていたのは加工班で服飾周りの経験があったからであり、女装の経験があるからではないと念のため注釈しておく。
「しかし、童顔は得ですね。よくお似合いですよ。
ウィッグもご用意してまいりましたので、どうぞ」
「どうぞじゃないよ! なんで女装なのさ!」
「あちらの子たちが『見たい』と要望したためですが」
えちち屋ちゃんが手で示す先には、顔を赤くしたヤカモチちゃんと、よりにもよって超高画質での撮影が可能な一眼レフカメラを構えたナナちゃんが座っていた。
「な、なまきがえ……みちゃった……はわ……」
「お兄さん大丈夫、盛れてるよ、気にせず続けて」
「続けられるかぁ!」
なにが盛れてるんだよ。キツさか?
●
守衛室から直接つながった受付にしゃがんで入る。
強化アクリルの受付パネルごしに、こっそりと外を見ると、人影がある。
「うわ。多いな、アイツら。二十人以上も連れてきたのかよ」
狩猟班の中でも腕利きのハンターたちを率いたレイジが、正門前に立っていた。
相対するのは生徒会長レンカちゃんと、騎士クラブの護衛たちだ。
「なにを喋っているのかまでは聞き取れないね」
「しゃーないじゃん、遠いし」
「では、不肖このえちち屋がメイド流読唇術を披露いたしましょう。
『逃げ込んだのはわかってるんだ♥罪人をかばえばこの村も同罪と見なすぞ♥』
『あら、それはいったいどこの法ですの?♥この壊れた世界であなたに執政官の権利がおありだとでも?♥』」
「ASMRみたいに言うな。いいよ、僕が読むよ。ええと……。
『少なくともA大村の指導者として、逃げ出した罪人を捕らえる権利と義務がある』
『逃げ出した? 追い出した、の間違いでしょう?
彼はいま、当校に食客として滞在中です。
勝手に連れ出そうとするのはいただけませんわねぇ』
……くそ、レイジのやつ、しれっと嘘を言いやがって!」
「お兄さんもしれっと読唇術使うんだね」
「ありえん多芸すぎて、いちいちびっくりしてられんね。
それはなんのスキルから学習したの?」
「まあちょっとね。大したことじゃないよ」
ちなみにコレは複製の経験ではなく、実家暮らし時代、イヤホンがない環境で『インタビューに力が入ってるタイプの映像作品』のインタビュー部分を凝視していたらできるようになった自前の技術である。
そういう意味では、僕の本当の持ち物は、この読唇術だと言えるかもしれないな。
ちょっとしんみりする。次の探索ではビデオショップを見つけたいものだ。
さておき、会話の続きである。
「なになに……。
『イコマになにを吹き込まれたかは知らんが、誤解があるみてえだな。
トラブルになるのは、そっちも困るだろ?
なあ、立ち話もなんだし、中に入れてくれないか?』
『あなたのような無礼者を招くわけがないでしょう。
それこそトラブルになるというものです』
……なにが誤解だ、出ていかないと力ずくとかなんとか言っただろうに」
「ていうか、『立ち話もなんだし』のフレーズって押しかけてきた側が言う言葉じゃないし。
アタシ、シンプルに失礼で嫌いだわ、あのヒト」
ごもっともである。
と、その時、ハンター集団の中から一人の女子が前に出た。
「うげ、ヨシノちゃんだ。キツくて苦手なんだよな、あの子」
「お兄さん、あの子はどういう子?」
「『追跡』持ちでレイジの……その、言い方は悪いけど、キープの女子だね」
「ああ、セフレね。了解」
「言い方を配慮した僕の想いを無下にするんじゃないよ」
きょとん、とヤカモチちゃんが首を傾げた。
「ねえナナ、セフレってなに?」
「先生、どうしよう。
性教育ってどこから教えたらいいの。四十八手?」
「そうですね、まずはおしべとめしべがエレクチオンして――」
音速で脱線していく女子校連中は無視して、読唇を続ける。
「ふむふむ……。
『いいからイコマを出しな! あたしらを敵に回してタダで済むと思ってんの!?』
『あら、脅迫ですの? 村同士の話し合いで?』
『ヨシノ、下がれ。口挟むな』
『でもせんぱい、このオンナ生意気だよ!』
『下がれってんだろうがボケ』
ひでえ言い草だな……」
しゅんとしてハンターの輪に戻っていく少女を見ると、いたたまれない気持ちになる。
だけど、あのタイミングで暴力をちらつかせるのは、相当な悪手だ。
二十人超の精鋭揃いかもしれないけれど、この村には八百人の住民と、五十人超の騎士クラブが控えている。
それに、レイジは一時でも聖ヤマ女村にいたのだから、知っているはず。
この村に、Bランクの武器術とステータス補正を持つ凄腕がいると。
筆頭騎士――レイジに匹敵する戦士が、いるのだと。
僕はちらりとそのめちゃつよ筆頭騎士を見た。
「だからねヤカモチ、透明なんだよ。バンの壁が。
で、内側からは外が見えるんだけど、外側からは鏡に見えるっていう、そういう特殊な車で……」
「公然わいせつではありませんが、露出っぽいプレイができるわけです」
「ふぇえ……なにそれ……こわい……」
「なんの話をしてるんだよ!」
「ちなみに『素人女子』などとパッケージに書いてあっても、それは素人女子の演技をするプロの女優が出ていますよという意味です。
騙されてはいけませんよ、冒頭のインタビューもぜんぶ台本です、台本」
「違うよ! ホンモノの素人が出てるんだよ!
えっちな素人女子は実在するんだよ!」
思わず反射で言い返すと、全員にジト目で見られた。
「お兄さん、サイテー」
「……イコマっちのへんたい」
「ちなみに私は冒頭は飛ばします」
「いやだからなんの話をしてるんだよ!」
あと飛ばすな。ちゃんと見ろ。
そんな風にわちゃわちゃやっている間に、外で話がまとまった――もとい、まとまらなかったらしい。
レイジたちが、だらだらと歩いて正門から離れていく。
ちらちらと正門を振り返り、なにやら話し合っているようだけれど、さすがに距離が遠すぎてよく見えないな……。
「……どう思う?」
「会長の予定通りだと思う。
市街地方面向かってるし、キャンプするんじゃないかな」
「『村の運営もございますから、文句があるならまた明日来てくださいな』とか言ったんでしょ。
もとよりアイツら、『なんの成果も得られませんでした』じゃ自分らがバッシング食らう立場だし。
かといって、あいつらだけではアタシら聖ヤマ女村に力づくで……とはいかないし。
明日も時間を作ってやる、と明言すれば、あいつらは近所でキャンプせざるを得ないわけだし」
しかも、崩壊しているとはいえ旧市街地。
大学村ほど安全ではないものの、サバイバル向けの施設が揃っている。
この二年間、狩猟で鳴らしたレイジたちであれば、一週間以上は自給自足できるだろう。
なんなら、聖ヤマ女村から少しばかり物資を恵んでもいい、とレンカちゃんは言っていた。
とにかくアイツらを聖ヤマ女村付近にとどまらせることが大事なのだ。
レンカちゃんはこちら、守衛室のある受付に歩み寄りつつ、上品な笑顔で手を振った。
つまり――。
「やっぱり、足止めはうまくいったみたいだね」
「数日は持たせられるでしょうね。
その間、イコマ様には外出自粛で窮屈な思いをさせてしまいますが」
「いいよ。内職は得意だから」
むしろ、一週間予定だった滞在が延びてしまい、男性にトラウマを持つ村民に申し訳ないくらいだ。
はやく作戦の成果が出ればいいんだけど。
「あとは、アキちゃんとカグヤ先輩次第か。
うまくいくといいんだけど」
そこは信じて待つしかあるまい。
ちょい長めで、しかも話がややこしくてすいません!
・聖ヤマ女村がレイジたちを足止めする
・その隙にアキちゃんがA大村に帰還し、カグヤ先輩と『ある作戦』を行う予定である
というところを抑えていただければだいたいオッケーです!
次回はほのぼの内職回(ほのぼの戦争準備回)です。
ブクマ★!




