32 戦争
しかしだ。
こうして『カグヤ先輩が聖ヤマ女村に亡命することで生じる大戦争』について説明してもらえれば、そもそも『カグヤ先輩を亡命させなければいい』だけだと、僕にだって分かる。
そして、そのために必要なことがなにかも。
「A大村の生活が元に戻ること……つまり、僕がA大村に戻れば大戦争は起こらない!
これが一番スマートな解決方法ってわけだね!」
「なんでそうなるのっ! お兄さんのばか!」
ぺちべち、とナナちゃんに二の腕を叩かれてしまった。
「『カグヤさんを亡命させる』話に展開したのは、そもそも『お兄さんを保護する』話からで、さらにその大元は『お兄さんをどうやってA大村から逃がすか』が論点でしょ!
A大村に戻ったら本末転倒じゃん!」
「いやでも、僕が戻れば戦争にならないわけだし、A大村も救われるじゃん。
レイジの思い通りになるのはしゃくだけど、ここはぐっと我慢してだね」
「それがダメだって言ってるんでしょ!
だいたいそれだとカグヤさんが救われてないでしょ!
おにいさんのばか! あほ! 鈍感! 変態ぺろリスト! おなかソムリエ!」
おなかソムリエってなんだよ。
「や、やっぱりテイスティングしてたんじゃん……!
治療行為と見せかけて、アタシのおなかを味わいつくしてたんだし……!?」
ヤカモチちゃんもやめなさい。
ごほん、と生徒会長レンカちゃんが咳払いをした。
「ふたりとも、いまは真面目な話が優先ですわよ。
それにイコマ様は未だ二人のおなかしか知りません。
ソムリエというからには、味だけで誰のおなかか判別できる精密さが必要でしょう。
例えばイコマ様に目隠しをしたうえで、複数人の婦女子のおなかを順番に舐めさせ――いやらしいですわねイコマ様!」
「それは本当にいやらしいシチュだけど、僕の『傷舐め』は治療行為だって言ってるだろ!」
真面目な話はどこに行った。
「イコマ先輩、これもこれで真面目な話ですが、イコマ先輩がお嬢様学校の生徒のおなかを舐めまわしていたことは、カグヤ先輩に報告させていただきます」
「なんで!?」
ジト目のアキちゃん――聖ヤマ女村に到着後、シャワーと仮眠を取ったため、かなり顔色が良くなっている――が、お盆の上に置いたカップを手に取る。
「報告の義務がありますので。
やましいことではないのでしょう?」
「うん、まあ、もちろん……治療行為だよ?」
「では問題ないでしょう」
アキちゃんはそう言って、紅茶を一口飲んだ。
「……その、イコマ先輩。
私としては、イコマ先輩はA大村に戻るべきではないと思っています。
いえ、A大村で一緒に過ごせれば、それが一番ではあるのですが」
「カグヤ先輩が心配してくれてるのは――」
「いえ、カグヤ先輩もそうですが、『私としては』です。
この二年間、イコマ先輩に助けられてきたA大村住民一個人として。
狩猟班班長は、イコマ先輩を……その、使い潰す気です。
労働させ続け、心を壊し、死に追い込むつもりでしょう。
あの愚かな男にとって、それが『男らしさ』や『リーダーシップ』であり、カグヤ先輩へのアプローチのつもりなのですから」
……うむ。
まあ、理解したくはないけれど、言わんとしていることはわかる。
僕に社会経験はないものの、伝え聞く厄介なパワハラ上司のようなものだろう、と。
どんな理不尽であれ、自分の思う通り、言う通りに進む状況が『正しい』。
どんな無茶難題であれ、部下に実行させられる自分は『有能で男らしい』。
そんな風に考える人は、たしかに存在している。
だけど。
「それじゃ、アキちゃんは戦争が仕方ないっていうの?」
「……少しはばかられますが、あえて率直に言いましょう」
と、アキちゃんは目を伏せた。
「戦争は好機であると……そう、思います。
被害は出るでしょうが、狩猟班班長を排除する絶好の機会には間違いありません」
「排除、って……」
ごくり。
剣呑な物言いに、思わず息を呑んでしまった。
「狩猟班班長は仕事を放棄し、後輩にノルマを押し付けてイコマ先輩の追跡を行なっています。
ここ数日、急激なモンスター増加の傾向があるにもかかわらず、です。
周辺の安全確保をないがしろにし、村の重要な戦力を自分勝手に持ち出して、私怨と保身のために行動しているような馬鹿が、指導者として力を持っている状況……。
率直に言いますと、怖いんです。
あの村に居たら、いつか私も――切り捨てられるんじゃないか、って」
「アキちゃん……」
僕にはなんと言っていいのかわからない。
アキちゃんの背中を、ヤカモチちゃんがそっと撫でた。
「ありがとう、ヤカモチさん」
「いいって。アタシらもう友達じゃん」
ギャルつよ。
ヤカモチちゃん、ホント良い子だよな……。
しみじみとしていると、そこでレンカちゃんが手を挙げた。
「いま、『急激なモンスター増加の傾向』とおっしゃいましたけれど。
そちら、A大村周辺でも、やはりそうですの?」
「やはり……ということは、聖ヤマ女村でも?
ギャングウルフやマッシュベアが確認されたけど……」
そうですか、と頷き、レンカちゃんは顎に手を当てた。
「やはり、集団暴走……。
そうでなくとも、古都周辺で『なにか』が起こっているのは確実ですわね。
であれば、戦争などしている場合ではありませんが。
いえ、戦闘に備えた準備は必要ですけれど……いっそ、まさに好機なのでしょうか。
意志を統一可能で、イコマ様がいるいまこそが、好機――」
レンカちゃんはしばらくまぶたを閉じて、ぶつぶつと呟いた。
やがて、ぱっと目を開き、満面の笑みで僕に言った。
「わかりましたわ! やりましょう!」
急に言うので、いつもの下ネタかと思ったけれど、どうやら違うらしい。
「な、なにを……?」
全員の動きが止まった中で、ナナちゃんがおずおずと聞くと。
驚くべきことに、ドヤ顔生徒会長はこう宣言したのである。
「もちろん、戦争を、ですわ!」
次回、ついにやつらが村に到着し……?
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