31 守衛室会議
午後、守衛室には五人の人間が集まっていた。
聖ヤマ女村騎士クラブ、筆頭騎士ナナちゃん。
同じく騎士クラブ、この五日間で普通に歩けるまで回復したヤカモチちゃん。
聖ヤマ女村の指導者である生徒会長レンカちゃん。
A大村から僕に警告を伝えるためやってきたアキちゃん。
そして、僕――元A大村住民の『複製』使い、イコマ。
いやはや。
「……あの、なんでみんなこんなに集まってんの?
今日、なんかこういう予定あったっけ」
「え? お兄さんをA大村の魔の手から守るための会議じゃないの?」
ナナちゃんが首をかしげた。僕も首をかしげる。
午前、探索から帰還後、予定通りヤカモチちゃんをぺろぺろした。
昼飯を食ったら『複製』依頼をこなそうと、そんな風に思っていた時間帯である。
「いや、だからソレは僕が逃げれば済むって話じゃん。
ねえ、アキちゃん。そうでしょ?」
「はい、私はイコマ先輩にそう伝えるために来ました」
ほら。簡単な話じゃん。
と思っていたら、アキちゃんは首を横に振り、言葉を続けた。
「しかし、聖ヤマ女村でイコマ先輩を保護していただけるのであれば、これほど安全な場所もないと思っております」
え。どういうことだろう。
困惑していると、生徒会長モードに入ったレンカちゃんが目を細めた。
「理屈はわかりますわ。
ひとつは『逃げること』の困難さ。
どこまで逃げればいいのか、いつまで逃げればいいのかが不明瞭な逃避行なんて、終わりのない苦行みたいなものです。
もうひとつは当校が『女人村』であること。
『男子禁制』を盾に、追手の入村を拒むことが可能です。
中にいる限り、イコマ様の安全は保障できますわね」
そして、とレンカちゃんは指を一本立てた。
「これが最大の理由ですけれど。
最悪の場合、くだんの先輩、カグヤ様の亡命先として最適であること。
そうでしょう?」
「……なるほど、さすがは名高い聖ヤマト女子高等学校生徒会長。
こちらの狙いなどお見通しというわけね」
「腹の探り合いなど不要ですわ。
わたくしたちは女性が駆け込む最後の場所を提供するもの」
「では――!」
アキちゃんがぱっと顔色を明るくした。
「ええ、いざというときはカグヤ様の亡命を受け入れましょう。
イコマ様も、これまで通り外部の食客という立場であれば、滞在期間を延ばすことは可能です」
「ありがとう……! これで先輩たちを守れる……!」
な、なるほど……。
僕は手元で革防具を複製しつつ、ドキドキしながら事の成り行きを見守ることにした。
どうなるんだろう。
「あの、イコマっち?
コレ、アンタの話なんだから、そんな他人事みたいな顔してちゃダメなんじゃ……」
「はっ。そうだった、僕の話だった」
なんだか、こんな風になるなんて思っていなかったから、脳みそが追い付いていない。
「ええと……つまり、カグヤ先輩の安全は確保できるってこと?」
「亡命した場合ですけれどね。わたくしの肩書に懸けて、安全はお約束いたしますわ」
それは安心だ。
僕はほっとしつつ、『複製』の続きを行うことにした。
しかし。
「だけど、それって『亡命したあと』が本番だよね。
全面戦争も辞さないってことでしょ?」
ナナちゃんが僕の複製した防具を、邪魔にならないよう部屋の隅に積みながら、そんなことを言う。
ど、どういうこと? 戦争って?
レンカちゃんは頷き、神妙に言葉を続けた。
「あの乱暴者は、カグヤ様の亡命にかこつけて、当村に襲撃を仕掛ける可能性が高い……ということですわ。
おそらく、A大村と我が聖ヤマ女村、それに伴い付近の村も巻き込んだ大戦争になりますわね」
「えっ。で、でも、さすがにA大村がレイジの個人的な執着で動くなんて思えないけど……。
しかも、周りの村も巻き込んで、なんて」
思わずみんなの顔を窺ってしまうけれど、みんな真面目な顔で、だれも冗談だとは思っていないようだ。
にわかには信じられないんだけど。
「ええと。いいかな、お兄さん。
カグヤさんの亡命は『農耕:A』がA大村からなくなるってことだよ。
そうなれば、ただでさえイコマお兄さんを失って物資に不安を抱えていたA大村の住民はどうなると思う?」
「……補填を補うために頑張って働く?」
僕以外の全員がため息を吐いた。
なんだよぅ。普通はそう思うもんじゃないのかよぅ。
「あのねえ、イコマっち。
いい? そんな考え方ができる人間は少ないの。
それまで『あって当然だったモノ』を失った人間がどうするかなんて、わかりきった話っしょ。
――奪い返そうとするんだし」
「うば……え、そんな考え方する?」
「するよ。実際にしてきたじゃん」
ヤカモチちゃんが守衛室の天井を指さした。
「例えば電気。
アタシらは『失った電力という快適さ』を取り戻すために、山奥からメガソーラーのパネルを引っぺがして、身も蓋もない言い方するならパクってきたんだよ。
天下のお嬢様であるアタシらが、だれの断りを得ることもなく、所有者に対価を支払うこともなく。
快適な生活を、取り戻すために――奪ったの」
「それ、は……」
言葉が詰まる。
僕にも身に覚えがあることだ。
今日はなにも回収しなかったけれど、旧市街地の探索の主な狙いは『崩壊した家屋に眠っている文明の品を拾うこと』で、対価を支払ったことなんてない。
言い方を変えれば、盗掘に他ならない。
「だけど、この壊れた地球で生きていくためには仕方ないこと……だと、思うんだけど」
「それだし。『生きる』って、どういう状態かってこと。
心臓動いてりゃいいの? 違うでしょ」
ヤカモチちゃんは、わずかに赤い筋を残すのみとなったおなかを、服の上から撫でた。
「極端な話、『当たり前の生活』のことを、アタシらは生きるって呼んでるわけだし。
程度の違いはあれ、その『当たり前』を失ったとき、アタシらは『当たり前』の状態に戻そうと行動する――それが『生きる』ことであり、正しい行動になる。
電気を取り戻すためにパネルをパクるのは仕方ない。
物資確保のために市街地で盗掘するのは仕方ない。
そして――」
はぁ、とヤカモチちゃんがつまらなさそうに息を吐いた。
「――カグヤっちを取り戻すため、聖ヤマ女村に戦争を仕掛けるのは仕方ない。
人間って案外、そんな風に思っちゃうもんだよ。
それも自分が違和感を覚えないくらい自然に、ね」
「だ、だけど……みんながみんな、そうってわけじゃないでしょ……?」
「もちろん、全員がそうじゃない。
でも、そのレイジってヒト、明らかに他人を煽ってその気にさせるのが上手いタイプじゃん。
A大村にとって戦争は『仕方ない』し、それにあの村は大きいから。
A大村との取引で物資を補っていた近隣の村の事情も加味すれば、『戦争の大義名分』は揃ってるっしょ」
「ヤカモチの言う通りですわね。
つまり、大義名分とは『大衆の生活のため』、つまり『生きるため』ですわ」
……。
絶句してしまう。なにも言い返せない。なにも否定できない。
僕が追い出され、しかし「帰ってこい、責任をとれ」と言われている現状が、なによりの証拠だ。
『生きるため』ならば。
『今の生活を失わないため』ならば。
大戦争が起こっても『仕方ない』――と。
そして、なによりも驚いたのは。
「みんな、よくこんな短い時間でそこまで考えられるね……?」
「短い時間って……午後まで時間あったでしょ。
それに私たち、女子だもんね」
ナナちゃんがあっけらかんと言って、全員が頷いた。
どういうこと?
「女子の学校生活は戦争だから。
同級生、先輩後輩、男子女子、先生にOGまで、根回し暗躍なんでもござれ。
昨日の友は今日の敵、親友とバチバチやりあうことなんて日常茶飯事なの。
戦争慣れしてるんだよ、女の子は」
……。
女の子、超怖い。
過去一番真面目な話をしている回かもしれない。
なんとかして下ネタを入れようとしたけど入りませんでした。
――え、きつくて入らない!? 卑猥な!!
「面白い!」「続きが気になる!」と思った方は★とブクマ!




