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28 閑話 カグヤ、気づく



 カグヤの執務室――もとい、農耕班準備室には、大量の紙が積まれていた。

 苦情、苦情、苦情……今まで得ていた『快適さ』を失った人間の精神が、これほどまでに鬱屈するとは思っていなかった。

 見通しが甘かった過去の自分を殴りたいくらいだ。


 ――狩猟班班長の煽り方が上手いのもあるけど、それにしたって……多すぎるよぅ。


 ここ最近、イコマ関係の意見書を受け付けていたら、なぜか『どう考えてもイコマと関係がない苦情』まで、カグヤのところに来るようになった。

 いい加減にしろと言いたいが、言えば倍になって返ってくるに決まっている。

 仕方がないと思いつつ、悲しくもなる。

 ヒトとはそういうもので、それを動かすのが政治なのだ……とフジワラ教授は言っていたけれど。


 軽く、はぁ、とため息を吐いたら、地の底から響いてきそうな重たいため息が出てきた。

 うん、私いま、めちゃくちゃ疲れてる。

 自覚しつつも、紙に目を通す手は止めない。


 ――班長だもん。


 しっかりしなきゃ、と思う。

 苦情の内容別に裏紙を仕分け、自分に対応できないものは余所の班に振るしかないだろう。

 この紙の山を持っていったら、きっと嫌な顔をされる。

 ともすれば、カグヤに嫌味を言うかもしれない。

 胃がきりきりする。でもやる。やるったらやる。

 それが責任だと、カグヤは知っていた。できれば投げ捨てたいけど。

 ここで投げ捨てても、イコマは「仕方ないですね」と許してくれるだろうけど。

 だからこそ、投げ捨てたいけど、投げ捨てたくないのだ。


 しばらくそうやって裏紙と悪戦苦闘していると、控えめなノックの音が教室に響いた。

 カグヤはビクッとして「まさか直接苦情を言いに!?」と震える。


「ど、どうぞ……!」

「失礼します。――なんですか、その顔は」

「ほっ。アキちゃん。よかったぁ、また苦情かと思ったよぅ」


 アキと呼ばれた女性は、いたずらっぽく笑った。


「いえ、苦情かもしれませんよ?

 ほら、『他班の先輩が密命を下してきて困ってる、これはパワハラではないのか』とかそういう」

「もー、やめてよぅ。マジで胃が死んじゃう。

 それに『密命』に関してはそっちの班長も了承済みでしょ!」


 軽口を言い合える程度には仲がいい。

 アキはA大村を守る守護班の一員であり、イコマが出立する際、スキルとパンを手渡した槍使いである。

 つまり、信頼できる仲間である――と、そう考えて、カグヤは苦笑した。


 ――A大村は、みんなが仲間だったはずなんだけどなぁ。


 いつの間にか、敵がたくさんできている。

 最初からいたのか、今までの過程で敵になってしまったのか……あるいはカグヤ自身が敵を作ったのか。

 考えるともっと頭が痛くなりそうだから、やめておく。

 どちらにせよ、みんな仲良くできるなんて幻想を抱いているほど、カグヤは子供ではない。


「どうだった?」

「カグヤ先輩の読み通り、旧国道沿いにある自然公園跡地を最初のキャンプ地にしたようです。

 ロッジに生活の跡がありました。

 自然物で作ったとは思えない統一規格のバリケードや短槍があったので、イコマ先輩で間違いないかと」

「それじゃあっ!」


 と飛び跳ねたカグヤに、アキは首を横に振って返す。


「だれもいませんでした。不在ではなく、そもそも拠点を変えたのだろうと思います。

 近くに大量のギャングウルフを火葬した痕跡もあり、おそらく大規模な戦闘が起き――なんらかの事態が発生して、ロッジを離れたのかと」

「ギャングウルフっ!? そんなのが!?」


 カグヤは血相を変えた。

 単体でもCランク、群れならBランクの怪物だ。


「群れを丸ごと討伐したようです。

 大したものですよ、あんな小さなロッジでギャングウルフ相手に殲滅戦なんて……。

 さすがは万能のイコマ先輩、我らが『投槍大明神』です。

 もっとも、さすがに一人ではなかったようですが」


 アキは小脇に抱えていた袋から、あるモノを取り出した。

 ぼろぼろで、黒く汚れた布。

 服のように見える。下はスカートだろう。黒いのは……血が固まった跡か。

 上は大きく裂かれ、ほぼ原形はないが、絡まるようにして見覚えのあるスカーフが固着している。


「……セーラー服?」

「ロッジ内に放置されていました。

 助けたのか、助けられたのか、あるいは両方か。

 傷は大きいようですが、二人ともおらず、付近に人間を埋葬した痕跡もないということは、生き延びたのでしょうね」

「そっか……!」


 ぷはぁ、とカグヤは息を吐いた。

 安堵のあまり、魂が口から抜け出たかもと思って、とっさに口を押さえてしまった。


「生きてて良かったよぅ、いっくん……!

 じゃあ、次はそのセーラー服がどこの学校のか、調べないとね。

 そこまでダメージ入ってると、調べるの大変そうだけど……」

「いえ、わかりますよ。聖ヤマト女子高等学校です」

「え?」


 カグヤが二度見すると、アキが照れ臭そうに笑った。


「このセーラー服が憧れだったんですよ、中学校の頃。

 だから、一発でわかりました」

「アキちゃん……!」


 うるうると涙を流しながら抱き着こうとしたが、ひらりとかわされた。

 ドライな後輩である。


「しかし、まだ安心はできません。

 狩猟班の馬鹿ども、昨日までまるで違う方向を探していたようですが……。

 狩猟班には『追跡:B』持ちがいます」

「ええと、ヨシノさん……だっけ?」


 あの破廉恥な苦情を送ってきた女の子だ、と思い出す。

 たしか、標的を追跡する能力を持っていて、狩りに役立つのだとか。


「ヨシノが動けば、イコマ先輩はすぐに見つかってしまうでしょう。

 そうなれば最後、先輩は死ぬまで働かされることになります。

 ……なので、私は準備ができ次第、聖ヤマ女村に向けて出発します。

 なんとしても先にイコマ先輩に辿り着き、身を隠すよう伝えなければ」


 そう。

 カグヤがアキに頼んだ密命とは、つまるところイコマへの警報伝達であった。

 あの後輩はあらゆる物事において優れた手腕を誇るが、一芸に特化した相手との競い合いでは後れを取る。

 戦闘の天才であるレイジとかち合えば敗北は必至であり、捕まってしまうだろう。


 心配で胃がきりきりしてきたカグヤに、アキが卓上を指さして呆れたように言った。


「というか、あの馬鹿はまずちゃんと狩猟班の仕事をしろって感じですね。

 一番大きい紙の山が狩猟班向けに振り分ける苦情でしょう?

 その縦に二十センチくらいあるやつ」

「あ、うん。そうなんだよね。

 モンスターが増えたとか、危険度の高いクマのモンスターの足跡を見つけたとか、ギャングウルフの遠吠えが聞こえた……と、か……って」


 言って、カグヤは眉をひそめた。


「ちょっと待って。多すぎない?

 いっくんも自然公園でギャングウルフとかち合ったんでしょ?

 あのあたりには、せいぜいホーンピッグとウィップヒップくらいしかいないはずなのに」


 イヤな予感がする。

 背筋にぞわぞわと走る、悪寒にも似た悪い想像。


 ――これじゃまるで、なにか……そう。


 まるで、よくないことが起こる前兆のようではないか。



登場人物増えて来たから一覧を作ったんですが、キャラ名の横に「でかい」「とてもでかい」とかいうステータスしか書いてなくてなんにもわからなかった僕です。

次回からまたギャグパート(本編)(本編がギャグパートってどういうことだ)に戻ります!

よろしくお願いします!


「面白い!」「続きが気になる!」と思った方はブクマと★!


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― 新着の感想 ―
[気になる点] もしかして『操魔』みたいなスキルがあってモンスターを従えることが出来る奴がいるのかな?
[一言] A大村は居住人数が多いせいで一度不満が出始めると際限なく広がることになりますからねぇ マンパワーが必要な世界ゆえ人数が多いのは悪い事ばかりではないですけど、今回はそれが完全に仇になってる感 …
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