39 エピローグ
その翌日。
「クソが」
悪態をついて、雪を踏みながら歩いていく男がいる。
札幌を出て以来、ずっとぼやき続けている。
レイジである。
「あの蜘蛛だけでも奪ってくりゃよかった。こっから函館まで徒歩はきついだろ。どんだけ距離あんだよ」
その後ろを、小規模展開した鱗翼でふよふよ浮きながらついていく、小さな人影がある。
人影、というか。竜影と呼ぶべきだろうか。
もちろん、タマである。
「レイジさん、返り討ちにされるで。ヤウシ、ランクで言うたらオールAくらいの強さはあるもん」
「……よく飼いならしてたな、あの女」
「飼いならしてたわけちゃう。共生してたんや」
「一緒だろ」
タマは空中で寝返りを打って、空を見上げた。
北海道の空は抜けるような青さだ。
雪も降るし、風は冷たいしで過酷な場所だけれど、美しい空が見える場所だと思う。
「一緒ちゃうわ。人間は想像力の源やし、スキルは神秘のリソースやもん。特にエルフなんか、モンスターからしたら、いちばんのご馳走やろ」
「……死後、死体を食っていいって約束で共生してたのか、アイツら」
そうだと、思う。
タマが目覚めたとき、ハルの死体はすでにヤウシによって持ち去られていた。
おそらく、地下へ。
――ハルさんは、地下が好きやったんやろうか。それとも、嫌いやったんやろうか。
答えを知る機会は二度と訪れないが、それでも気になるものは気になるのだ。
物思いにふけるタマをよそに、レイジは「はん」と鼻を鳴らした。
「人外どもの理屈は理解できねえ」
「人間臭いもんなぁ、レイジさん。だれよりも人間臭い」
「黙れ、人外筆頭のクソガキが」
ふよふよ浮遊するタマを、レイジが睨みつけてくる。
「つーかてめえ、飛んでんじゃねえか。おれ抱えて関東まで飛びやがれ」
「浮くだけならさして魔力消費せえへんけど、はばたくのはしんどいからイヤや。アンタは、がんばって歩けばええねん」
「クソガキが。埋もれたてめえを雪から掘り起こしたのがだれか、忘れたんじゃねえだろうな」
「剣先で掘るアホに勢いで斬られそうになったのも覚えてんねんで?」
言いあいながらも、ざくざくと雪を踏んで歩き続ける。
どれだけぼやいても、歩くのを止めるつもりはないらしい。
――変わったように見えて、なんも変わっとらんかったなぁ、このひと。
小心者で、愚かで、馬鹿で、大人げなくて。
狂ったふりをしながら、どうしようもなく人間らしい欲望まみれで。
それでもただ、昏い覚悟だけは、心の奥底に抱え込んで離さない。
覚悟を腐らせないだけの冷たさを湛えた、馬鹿な男だ。
「おい、クソガキ」
「なに?」
「おれが死んでも、食うんじゃねえぞ。おぞましい」
「食わへんわ。ちゃんと墓入れ、ドアホ」
レイジが唇の端をひん曲げて笑った。
「おまえ、口悪くなったなぁ」
「アンタの悪影響や、クソボケ」
悪態を吐きあいながら、罵倒を浴びせあいながら。
いびつで悪辣な悪党たちの歩みは、続く。
そのうち、『函館まで送る』という約束を思い出したイテツチグモが追い付いて来て、いびつな旅の仲間に加わるのだが……。
それまでは、また二人旅。
――北海道。もっかい、来たいなぁ。今度は、美味しいもんだけ食べて、殺し合いとかはなしで。
タマはふよふよ浮かぶのをやめて、雪原に足を落とした。
レイジは大した速度で移動できないから、浮かぶのも歩くのも大差ない。
――本州戻ったら、東北かぁ。どんなとこなんやろ。
海峡を渡って、東北を抜けて……関東へ。
いびつな旅の道連れたちは、目的を達するまで、決して止まらずに歩み続けるのだ。
●
冬も終わりかけた、ある日のこと。
分厚いコンクリートで覆われた牢獄の中で、一匹の竜が呟いた。
「……さて、どうしたものかのう」
堕ちた竜。
元・悪竜……ユウギリ。
いまや、そのあたりの幼児と同等の力しか持ち合わせていない存在。
反逆の力も意思もないはずの、その竜に……。
新たなスキルが、発現していた。
まったく未体験の手触りを持つそのスキルの名は『旅路:C』。
ファンタジーに侵された世界で、人間が人間らしくあるためのスキル。
――わらわ、竜なんじゃけどなぁ。
竜としての経験が役に立った。
スキルの解析はすでに済んで、『ステータス一部隠蔽』のオリジナルスキル開発も、定期検診に間に合った。
おかげでこのスキルを得たことは朝廷側にバレていないが、これはただ問題を先送りにしただけである。
――わらわ、その気になれば力を取り戻して、人類に歯向かえるってことじゃろ。竜としては、そうあるべきじゃよなぁ。
ごろん、と床に転がって、タンバにもらったクマのぬいぐるみを引き寄せる。
――じゃが、それが人類にバレると、わらわやっぱり殺されてしまうのじゃ。ううむ。
「ほんとうに、どうしたものかのう」
物憂げに嘆息して、ユウギリはぬいぐるみを抱きしめた。
という感じで、五章【魔弾暴発】終了です。
小悪党レイジ、悪竜タマ、そして札幌の女ハル。
三人の三日間の旅路の物語、楽しんでいただけたなら幸いです。
よろしければ下の★で評価、ブックマーク、いいね、レビュー、読了ツイート、書籍版の購入などしていただけると作者が喜びの余り竜になります。
今後の予定です。
・首と肩がイカれたのでしばらくお休みします。
・毎日連続更新キツイ……やっぱり一章まるまる書き溜めする方式に戻します。
・気分転換も兼ねて、いったん新作を書きます。たぶん二本ほど。
・というか六章のプロットもほとんどできてません。すまん。
・よって『#壊れた地球の歩き方』の更新再開は最低でも二か月以上先になりそうです。
以下、恒例のクソ長あとがきです。
エルフのハルというキャラクターは、四章を書く前に考えたものです。
「ドワーフ化」「エルフ化」はいろいろ拡張性のある設定なので、ほかの地域でもエルフは出していきたいですね……。
お約束としての「エルフ」を壊れた地球で再解釈するとどうなるか、というのは考えていてとても楽しかったです。
連載中に二巻が発売し、コミカライズも始まりました。
嬉しい! 最高! 嬉しい!(語彙力)
マッパニナッタ先生のイラストも、あきづき弥先生のコミカライズも最高です。
コミカライズ版は「コロナEX」様と、おそらく二週間ほど遅れて「ニコニコ漫画」様でも読めます。
ぜひ読んでください! 最高なので!
六章、まだプロットにはなっていませんが『旅路』『ユウギリ』『竜側の新たな攻勢』など、おもしろそうなアイデア自体はあるので、気長に待ってくださると幸いです。
とりあえず体を治してお金を稼がないと生活が……(切実)




