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第五章【悪党北海道脱出編/魔弾暴発《マジックバレット・アウトバースト》】

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38 最期



 舞い上がった雪が、落ち着いたあたりで。

 なにか、赤いものが動いた。

 四つん這いになって、ずりずり雪上を動き、べちゃべちゃ赤い液体を口から吐き出して、そして。

 やっぱり、いつも通り、満開の花が咲くみたいに笑った。


「げ、ごぽ……。あ、ははぁ」


 ――体の中、ぐちゃぐちゃだぁ。


 動くたびに、体内のあたたかいものが口からあふれ出ていく。

 でも、大丈夫だ。


 ――生きてるもん。


 生きているなら、たいていのことはなんとかなる。

 肘をついて上体を起こすと、またどろどろしたものが喉奥から湧き出てきて、雪を染めた。


 ――タマさんは……最後、気を失ったように見えたけど、ボクを仕留めに来ないあたり、まだ気絶中かなぁ。


 近くの雪の中にいるのだろう、とは思う。

 落下の衝撃で鼓膜がイカれたのか、耳孔に血が入ってしまったか、あるいは脳のほうに問題があるのかはわからないが、耳に集中してもざりざりしたノイズが聞こえるだけだ。

 自慢の知覚能力は、もう頼りになりそうにない。

 だが。


 ――『しんじゃえ』は、もう一発あるんだよねぇ。


 ポケットの中に、もう一発、ある。

 発射装置としてのライフルはどこかに行ってしまったが、タマの肉体に魔弾を押し付けた状態で、鉄パイプかなにかで信管部分を思い切り叩けば起動は可能だ。

 無理やり上体を起こして雪上にぺたんと座る。

 血がぼたぼた落としながら、震える腕をポケットにつっこんでまさぐる。


 ――でも、『しんじゃえ』を使おうが使うまいが、このままだとボク、冷たくなっちゃうなっぁ。それはイヤだなぁ。


 『しんじゃえ』はまだ使わない。

 先にポケットから引っ張り出したのは、黒くて丸い石だ。

 水晶のような材質で、内部には黒いもやがぐるぐると渦巻いている。


 ――Aランクの魔石。ボクの『エルフ種:B』をランクアップさせれる。タフネスが強化されるだけでも万々歳だけど、魔力の扱いが長じて治癒なんかもできるようになれば、話は変わるよねぇ。


 ああ、と熱い吐息を吐く。

 ついでに血もこぼす。


 ――ボクってば、持ってる(・・・・)なぁ! 「案外ボクってば死なないかもよ」とは言ったけどぉ、ほんとうに死なないなんて!


 あとは、この魔石を割るだけ。

 震える指に力を入れて、落ちているがれきにでも叩きつければ、それでいい。

 ハルは右腕を振り上げて、それから。


「――あえ?」


 それから、すぱっ、と。


 銀閃が煌めいて、ハルの右手がぼとりと雪の上に落ちた。

 白い雪が、さらに赤く染まる。

 混乱。困惑。痛み。……喪失感。


「あ……あっ? う、うぁ、ボクの……ボクの手ぇっ!?」


 慌てて上体を捻って後ろを見ると、だれかがいた。

 そのだれかは、大柄な体格の男性だった。

 両手の代わりに両の剣を取り付けた戦士でもあった。

 そいつはおもむろに口を開いて、言った。


「……なあ。痛いよなぁ、手を失うのってさ。手の痛み以上に、不安と喪失感で心が痛むんだよ。わかるぜ、おい」


 その男は眉をひそめて、わざとらしく同情の表情を作った。


「おれも経験あるがよ、ひどいよなぁ。手なんて重要な器官、切り取られたらよぉ。困っちまうよなァ、エルフ女ァ」

「レイジ、さん……」


 にんまりと、男は笑った。


「……ずるいねぇ、邪魔しないって言ったのにさぁ」

「俺が本州に行ければそれでいいって言ったんだ、邪魔しねえとは……言ったか? ま、男の言うことなんて九割うそだ、信じたおまえが悪い」


 ぼたぼた血を溢す手首を抱えるよううずくまりながら、ハルはレイジを見て微笑んだ。


「土壇場でタマさんを……げほ。助けに来るなんて、ねぇ。ルール違反だよ、ずるだよ。約束を守らないのは、悪いことだよぉ?」


 レイジはイヤそうに眉をひそめた。


「助ける? 馬鹿が、クソガキの勝敗なんぞ知ったことかよ。おれの狙いは……」


 ハルの右手を蹴り転がして、剣先で指を切り裂く。

 転がり出てくるのは、未使用のAランク魔石。


「こっちだ。決まってんだろ」


 さすがのハルも、少しあっけにとられた。


 ――もしかして、最初から……。


「……くく、あはぁ。囮にしたんだねぇ、タマさんのこと。ボクと戦わせて、ボクが弱ったところで魔石を奪う作戦だったんだぁ」

「ああ。おれとアンタじゃ、おれの勝率はいいとこ四割だ。加えて、札幌はアンタのホーム。まず勝てねえ。だが……」


 レイジは得意げに鼻を鳴らした。


「スペックだけなら、おれより強いやつがいる。しかも毎日すくすく成長中のバケモンだ。だったら、おれ自身がアンタを倒す必要はねえ。倒せる奴が、倒せばいい。スマートだろ?」

「だから、タマさんを囮にぃ? ごふッ……ボクが勝つ可能性だって、あったよぉ? 現に、レイジさんが来なかったら、僕はタマさんを殺せてたと思うけどぉ」


 左手を、こっそりと腰の後ろに回す。


 ――まだ、あるよねぇ。


「勝っても負けても、てめえが消耗すんのは確定だ。多少は縁のあるガキだからな、殺されんのはしゃくだが……この通り、簡単に殺されるようなガキじゃなかった。囮に最適だな、あのクソガキ」

「レイジさん、さぁ。倫理的に最低なことしてるって、わかってるぅ?」

「てめえに倫理を説かれたくねえ、クソボケサイコ殺人鬼。それと……時間稼ぎのおしゃべりはもういいのか?」


 ぎらり、と剣がひらめいて、ハルがとっさに構えた左手を切り落とした。

 隠し持っていた小型の拳銃が、左手首と一緒に落ちる。

 これでもう、完全に反撃の目は失われた。


「おら、両手なくなったな。おれとおそろいだ。うれしいか? てめえは剣じゃなくて銃口でも埋め込んでみるか?」


 血を流しすぎたのか、思考が鈍化してきた。

 痛みもほとんど感じない。


「……ボク、これで……終わりなの? ボク、死ぬの?」

「そうだ。てめえは、ここで死ぬ」


 ハサミみたいに、両剣が構えられる。

 首に添えられて、あとは刃を閉じるだけで、ハルは終わる。


 ――そっかぁ。


 ハルはいつも通りに微笑んで……いや。

 微笑むのをやめて、ぼんやりと空を見上げた。


「あーあ。だったら、一回くらいさぁ。ふり、じゃなくて……。人間に……人間にさ」


 呂律も回らなくなってきた。

 かすむ視界に、雪に滲む己の血の色を見る。

 周囲、ほとんど真っ赤になっている。


 ――ボクの中にも、こんなに『あったかいもの』があったんだなぁ。


「一回くらい、ほんとうの人間にさぁ……。なって、みたかったなぁ……」


 言ってから、目を閉じて、死を待つ。

 ……けれど、刃は閉じなかった。

 不審に思ってまぶたを上げると、苦虫を嚙み潰したような顔で、レイジが刃を引いた。


「クソがよ。馬鹿な女は殺さねえ主義だ」

「そっかぁ」


 この男も、馬鹿な男なのだろうな、と思う。


「じゃあ、助けて、くれるのぉ?」

「知るか。勝手に野垂れ死ぬぶんには、知ったこっちゃねえ」

「ひどい男だ、ねぇ」


 レイジがきびすを返して歩いていくのを見送って、ハルは雪上にうつぶせに倒れ込んだ。

 もう、一歩も動けそうになかった。


 ――あ。


 はらはらと雪が降ってきている。

 札幌の雪は冷たい。

 肌にあたる雪は、しかし、すぐに体に覆いかぶさったものによって遮られた。

 八本の脚を持つ巨体を傘代わりにして、ハルを守るもの。


「ヤウシ。……あは、きみは最後まで、一緒にいてくれるんだね」


 カチカチと顎が鳴る。

 白い複眼が、推し量るようにハルを見た。


「……うん、いいよ。ボク、もう、さいご、だか、ら……」


 ヤウシの複眼に、静かに目を閉じるハルが映って。

 そして、すぐに動かなくなった。




★マ!

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― 新着の感想 ―
[一言] 流石レイジ、こすいw 戦闘中に魔石使ってれば普通に勝ってたのにね? さて、タマはどうなったか……。
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