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第五章【悪党北海道脱出編/魔弾暴発《マジックバレット・アウトバースト》】

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37 フィニッシュムーブ



 ――この魔弾は避けられへん。


 そう、理解した瞬間。

 視界がやけにゆっくり動くようになって、でも身動き一つ取れなくて。

 おそらく、ほんのコンマゼロ一秒にも満たないような、刹那の時間。

 走馬灯とも呼ばれる、その一瞬に。

 タマは、ただ。

 小さい頃のことを、思い出していた。


 ――パパがなぁ。


 ほんとうに、まだ小さくて。

 病気がわかって、病院に入るよりも前の思い出。


 ――高い高い、してくれてん。


 ふいに、そんな記憶がよみがえってしまったのは、浮遊感のせいだろうか。

 思えば、父もよく跳んでいた。

 次に思い出すのは、病室のベッドでテレビを見ている記憶。

 実際に試合を見たことはないが、録画した試合を見ていた自分。

 恥ずかしくて、父には毎日のように見ていたなんて言えなかったけれど。


 ――エルボードロップ。跳ぶもんなぁ、アレ。


 父の必殺技。プロレスラーとしての決め技だった。

 リングの隅のポールに登り、そこから高くジャンプして、ギロチンみたいに肘を叩きつける技だ。


 ――聞いたこと、あったなぁ。「なんでわざわざ跳ぶん?」って。跳ばんでもできる技やのに、あんなところからジャンプして。


 しかも、飛び込む先には人間がいるのだ。

 ひとつ間違えば、自分も相手もひどく傷ついてしまうのに。

 聞かれた父は、誇らしげに笑った。

 その笑顔が特徴的だったから、父がなんと答えたのか、タマはしっかりと覚えている。


『やって、跳んだほうがぜったいにカッコええやろ? 跳ぶんは怖いけど、気持ちええしな。せやから、跳ぶねん』


 そのときは、呆れてしまってけれど。

 いまならわかる。


 ――ああ、たしかに……。


 この浮遊感は、病みつきになる。

 そして。


 タマの竜角が、ひときわ強く輝いた。


 鈍化していた意識と視界が、現実に追いついていく。

 目を見開く。全身から魔力があふれ出る。

 ほんの一瞬にも満たない時間のあと。

 タマ目がけて放たれた魔弾が……遠くの廃ビルの外壁にあたって、弾けた。

 通常、空中ではありえない急制動によって、タマは死の弾丸を回避したのだ。

 その事実に驚いたのは、タマ自身もだった。


「……避け、れた?」


 首をかしげる。なんなら、自分は空中に浮かんでいる――否。


「私、飛んどる……?」


 首をかしげて背中を見れば、真っ黒な両翼が生えていた。

 爬虫類のような鱗と、鳥みたいなふわふわの羽毛と、燃え盛る黒い炎で形成された、タマだけの翼。

 ばさばさと羽ばたかせるごとに、魔力を含んだ暴風を巻き起こしながら、たしかに飛んでいる。

 倒れたテレビ塔に視線を戻せば、ハルがぽかんと口を開けてから、困ったように微笑んだ。


「……ずるいなぁ、子供は。可能性に溢れててさぁ」


 それから、がしょん、と震える手によるリロードが入る――よりも、さらに速く。

 タマの翼が、羽ばたいた。

 空中からの突進が、ハルの肉体を捉える。

 衝撃。鉄骨の上から、もつれ合った二人のシルエットが落ちていく。


 ――もう、逃がさへん!


 両手で抱き着き、そのまま、翼をはためかせる。

 目指すは、空。高く――高く!


 ――どうせやったら、高く飛んだほうが気持ちええねんからな!


 そのまま、建っていたころのテレビ塔よりも高いところまで上昇して。

 タマは、ハルを突き放した。

 ふわり、とエルフが宙に浮いて、落ちていく。

 満身創痍のサイコパスは、血を吐きながら微笑む。


「……げぽ。あは、はぁ。落ちても、案外ボクってば、死なないかもよぉ?」

「あほか。こういうときはな……フィニッシュムーブで締めるに決まってるやろ」


 言いながら、タマもふらふらになっていた。

 今日は、疲れた。

 鱗を黒くしたり、腕や足にリソースを回したり、挙句の果てには空まで飛んで。

 翼のはばたきごとに魔力をごっそり使うから、あまりコストのいい飛行とは呼べない。

 少なくとも、このあと三日は休まないと、空を飛ぶのは無理だろう。

 だから、最後だ。

 これで決める。


「ハルさん、エルボードロップって知ってるか?」


 空気を叩くみたいに激しく翼をはためかせ、加速を重ねながらの急降下。


「くッ、あははぁッ! 知らないよぉ!」


 ハルが苦し紛れに振り回したライフルを、ぎゅるりと翼ごと身を捻って回避する。

 その回転の勢いのまま、肘をハルの胸部に叩きつけた。

 割っちゃいけない骨が割れる音がした。


「がッ!」

「せやったら、教えたる」


 本来は、マットに倒れた相手に、ギロチンみたいに肘を叩きつけて使う技だけれど。

 きっと、とてもへたくそで、プロと比べたら幼稚な一撃だろうけれど。


「これな。世界一カッコいいフィニッシュムーブやねんで」


 空中から一直線に、もつれ合ったまま、流星のように落ちていく。

 役目を終えた翼が鱗と羽毛に分離して、尾を引くみたいに散っていく。


 ――やっぱりパパに、もっかい会いたいなぁ。


 目じりに浮かんだ涙は、しかし、高速落下の風圧ですぐにどこかへ消えていった。

 肉体的な疲れだけでなく、精神的にも相当疲れているらしい。

 魔力や想像力のリソースも、使いすぎたようだし。

 ほとんど意識を失いながら、タマとハルが大通りに落下した。

 ぼふんッ! とひときわ強く、雪が舞い上がって。

 それで、終わった。




★マ!

あと二話か三話くらいで五章終わるかもです。

なお「アダチのフィニッシュムーブがエルボードロップ」というのは、五章でこの展開がやりたかったので書籍二巻で追加した設定です。


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― 新着の感想 ―
[一言] なぜ跳ぶのかって言われたらまあ魅せ技だからw ボディスラムの前に歩くのもみんなそう。ロマンだから仕方ないね?
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