26 お仕事
午前中はヤカモチちゃんの治療を行うため、保健室へ向かう。芋虫状態で。
『治療のために男を内部に入れる』とすでに周知されたそうで、ぐるぐる巻きで運搬される僕を、セーラー服の女子生徒たちが遠巻きに見物していた。
いや待て。
あれは本当に女子生徒なのか?
セーラー服を着ているからといって、女子高生とは限らない。
そう、僕を運搬している合法ロリメイド先生ことえちち屋ちゃんのように、年上である可能性すらあるのだから。
そう思うと、僕を見る視線のすべてが怪しく思えてくる。
聖ヤマ女村……なんて恐ろしい村だ……!
「イコマ様、どうなさいました? 身もだえして」
「いや、なんでも……」
「昨夜のことでも思い出しましたか、いこまおにーちゃん♥」
「ごふッ」
お嬢様に奉仕するメイドを育てるコースがあったというのも驚きだけれど、こんな漫画のキャラみたいな先生がいるというのも驚きだ。
現実が漫画みたいになってる文明崩壊歴では、驚くことじゃないのかもしれないけど。
「おぼえているがいい、えちち屋ちゃん。
この羞恥、いつか必ず晴らしてやるからな……!」
「やぁん、おにーちゃんにわからせられちゃう♥
はい、冗談はさておき、本日も当校の生徒をよろしくお願いいたします」
保健室では、顔を赤くしたヤカモチちゃんと付き添いのナナちゃんが待っていた。
「こ、効果があることは、わかったけど……やっぱり舐めなきゃダメなん……?」
「だめ。しっかり舐めて治してもらわないと、傷が残っちゃうよ」
「ナナがそう言うなら……頑張るけど……」
おなかの布をまくり上げるヤカモチちゃんは、昨日よりは落ち着いているようだ。
傷の状態が改善していると実感して、スキルの有用性を認めてくれたのだろう。
よかった、この行為を治療であると認識してくれたようだ。
治療でなければただの変態行為だけど、治療ならなにも問題がないからね。
ないからね!(念押し)
ハサミとピンセットで抜糸をしつつ、鎮痛も兼ねた『傷舐め』のぺろぺろを行なっていく。
「その、イコマっち。
アタシのおなか、へんじゃないし……?
治療行為だと考えたら、なんか急に別ベクトルの恥ずかしさが湧き上がってきたんだけど」
「変じゃないよ。
大丈夫、きれいでもちもちした良い肌だ。
舐めがいがあるよ。A5ランクって感じ」
「そ、そう。よかった……。
いやよかったのかな?
それでいいのかな?
なんかいま牛肉みたいな評価された気がするけど」
自分の言動に混乱をきたしている。
やはり、外傷というものは精神にも影響するようだ。
はやく治してあげないと。
僕は舌に気合いを入れ、ひと舐めごとに精神を研ぎ澄ました。
「ひぅんッ!? ちょ、ヘソまで……!
助けてナナっ、このままじゃアタシ戻れなくなっちゃうッ!」
「そんなに夢中で舐めて……やっぱり私のおなかには飽きちゃったんだ!
うう、お兄さんのばか! 変態ぺろリスト!
一生ヤカモチのおなかをぺろぺろしてればいいんだ!」
「よくないし!? それはアタシがよくないよ、ナナ!?
あとそんなところに嫉妬心燃やしてていいの!?」
女三人寄れば姦しい、とはよく聞く言葉だけれど、二人でも十分姦しいと思う僕であった。
ぺろぺろ。
●
昼食をはさんで、『複製』の依頼をこなす。
なお、昨夜の夕食もそうだったけれど、聖ヤマ女村の食事はなかなかのものだ。
お肉もあるし、野菜や果物類が充実していて驚いた。
「もともと、当校では室内菜園やガーデニングが盛んでしたから。
食事は生命の源ですもの、わたくしたち生徒会としても力を入れておりますわ」
と、守衛室にやってきたレンカちゃんが言う。
仕事の確認のついでに、昼ご飯のトレイを持ってきてくれたのだ。
ナナちゃんは別の仕事があるらしい。
「ナナにはそろそろ騎士クラブの活動に戻ってもらいませんと。
筆頭騎士たるもの、いつまでもオトコにべったりでは示しがつきませんもの。
……オトコとべったりしっぽり!? そんな、いやらしい!!」
自分のセリフで勝手に盛り上がるな。
「ナナちゃんの仕事って、周辺の安全の確保とか、そういう感じ?」
「それもありますけれど、筆頭騎士という肩書の人間が『いる』だけで、住民は安心をおぼえるものですから。
『無事に帰ってきた』と示すために、まずは校内の見回りからですわね。
加えて、ギャングウルフとの交戦経験を加味した部隊編成、戦闘フォーメーションの改善と訓練などを。
こちらは急務ですわ。急いで形にしてもらいませんと」
群れは討伐したんだから、そう急がなくてもいい気がするんだけど。
そう言うと、レンカちゃんは目を細めた。
「逆ですわ。
群れが丸ごと古都から溢れてきたのです、理由があると考えるべきでしょう。
最悪の場合、二年前同様の集団暴走が発生する可能性もございます」
「……それは、さすがにないんじゃない?
あんなのがもう一度起こったら……みんな死んじゃうよ」
集団暴走――モンスターが都市部で大量発生し、都市部外にまであふれ出す現象だ。
天変地異の際、国という仕組みをぶっ壊した原因のひとつ。
二年前の集団暴走以降、モンスターはそれぞれの生息圏や縄張りを定めて落ち着いているから、人類は滅ばずに済んだ。
都市部を放棄し、強者の縄張りを避け、田舎の集落で細々と生きる。
それが弱者、人類の現在の姿だ。
しかし、集団暴走が再発すれば。
その細々とした暮らしに、またしてもモンスターの牙が迫れば――どうなるか。
少なくとも古都で集団暴走が起これば、間違いなく旧奈良県域は滅ぶ。
いや、下手をすると、近畿圏全体が。
「因果が狂っていますわよ。
『起これば死ぬ。だから起こらないでほしい』というのはただの願望ですわ。
『起これば死ぬ。だから備えておかねばならない』であらねばなりません。
事に備え、物を蓄え、人を纏めて、前に立つ。
生徒会長として、わたくしには最悪の事態を想定しておく必要がございますの」
う。たしかにそうだ。
生徒会長――為政者の立場だけでなく、流浪の身である僕にとっても、モンスターの大量発生は生死にかかわる。
逃げるにしても、戦うにしても、対策は必須だ。
「ですからこそ、わたくしがイコマ様に会えたことは僥倖に他なりません」
レンカちゃんは手に持った紙をパンパンと叩いた。
僕の『複製』は、こういう急な対応にこそ、最大の力を発揮する。
「こちらに『増やしてほしい物資』を優先順位をつけて纏めておきました。
正直、莫大な量ですわ。聖ヤマ女村、八百人の住民を支える物資ですもの。
スキル行使回数の限界も考慮すれば、リストの品すべてを複製するのは無理でしょうから、イコマ様には上から順番に可能な限り複製して頂ければと。
本日は、一週間で複製できる範囲の確認と、対価の交渉にまいりましたの」
「ほう、どれどれ」
ふわふわしたパンをもぐもぐしつつ、リストを見る。
『薙刀 六十本』『乾パン 百缶』『タオル 三百枚』等、なかなかの量だ。
だけど、これなら……正直、思ってたよりも少ないな。
「問題ないよ。なんならもっと増やしてもいいくらい」
「……はい? あの、なんと?」
「もっと増やしてもいいよって」
「これ、一日あたり二千四百回ほどスキルを行使しないと、一週間では終わらない数なんですけれど?」
「うん、だから大丈夫なんだよね」
A大村で五千人の住民に対応するため、僕は『複製』を行使してきた。
スキルは使いすぎると耐えがたい頭痛がするけれど、使い慣れてくると行使可能回数が徐々に増えていく。
毎日毎日、頭痛がするまで――時には頭痛がしても――『複製』を唱え続けてきたのだ。
八百人程度、僕のキャパの範囲内である。
「僕、一日当たり最大で四千回くらい『複製』を使えるからさ」
『増やしたものを片付ける時間』として、一回当たり五秒間のクールタイムを設けても、二千四百回なら三時間と二十分。
四時間を見積もれば、余裕で対応可能だ。
内職なので夜間にも作業できるし、詰めれば四日くらいで終わるはず。
と、試算して告げてみたら、レンカちゃんは呆れたように大きくため息をついて、天井のLED灯を見上げてしまった。
あれ、なんか変なこと言ったかなぁ。
「――ナナが頼り切ってしまうわけです。
イコマ様はヒトをダメにする才能をお持ちですのね。
いえ、もちろん、イコマ様に頼りすぎてしまう弱さが悪いのですけれど……」
レンカちゃんはリストを畳の上に置き、僕を真正面から見つめた。
葉野菜を丸めて口に押し込んでいるところだったので、めちゃくちゃ恥ずかしい。
え、なに?
「いいですか、イコマ様。当校はこれ以上の物資を望みません。
対価もしっかりお渡しいたしますので、欲しいものはなんでもおっしゃってください。
わたくしどもに用意できるものでしたら、なんでもご都合いたしましょう。
その代わり、ひとつだけ約束していただきたいことがございますわ」
「ごくん。……な、なんだい?」
生徒会長モード全開なレンカちゃんに気圧されつつ、僕は聞き返す。
彼女は胸に手を当て、優しく笑った。
「もう少し、自分を大切にしてくださいませ。
『上限いっぱい働き続ける状態』は当たり前ではなく、過労死ラインと言いますのよ?
イコマ様が過労死したら、ナナが泣いちゃいますわ。
もちろん、わたくしや他の者たちも」
……。
いや、でも、『複製』は僕にしかできないし……。
「その『でもなぁ』みたいな顔もおやめになって。
少なくとも、このわたくしが治める聖ヤマ女村に滞在する限り、イコマ様には十分な休息と正当な対価を受け取っていただきますから、覚悟なさいませ?」
きりっとした金髪縦ロールお嬢様に正面切って言われると、一般庶民に過ぎない僕は黙って頷くしかないのであった。
この後書きを書いている2020年10月24日時点で、総合日間ランキング50位以内にランクインさせていただいております!!
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