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第五章【悪党北海道脱出編/魔弾暴発《マジックバレット・アウトバースト》】

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31 善悪を断じる仔竜



「自分で決めるって、そういう意味じゃないんだけどなぁ」


 ぼやきつつ、ハルは気配の変化を感じ取った。

 なにか、硬質なものが割れる音がおさまったあと、明らかに……。


 ――タマさん、変わったねぇ。


 魔力の総量に変化は感じないが、威圧感というか、存在感というか、そういうものが増したように思う。

 どちらにせよ、ハルにとっては好ましくない変化だ。


「ボクが悪いかどうかも、タマさんが決める気? 勝手にさぁ」

「勝手に決めるし、勝手に裁く。社会なんか知らへん」


 ――なにか、吹っ切れた? ボクのせい? いやいや……めんどうなタイミングで、育つんだなぁ。子供ってさぁ。だから面白いっていうひともいるけど、正気じゃないよねぇ。


 じゃきん、と魔弾を装填する。

 正面からの撃ち合いにあわせた『まっすぐ』弾だ。


「じゃ、ハルさんはボクが悪いって判断するわけだねぇ?」

「いいや。私は、ハルさんは悪くないと思う」


 意外な言葉が返ってきて、一瞬、ハルの思考が止まる。


 ――ぜったい、悪いって言われると思ってたんだけどなぁ。


「ハルさんは悪やない。社会の意見に照らせば、きっとハルさんは悪やけど、私は違うと思う。せやから……せやからこそ、私は怒ってる」


 ――怒る?


 悪くないから、怒るというのは。

 ハルの知っている『人間のふり』にはない、妙な心の動きだと思う。

 首をかしげるハルをよそに、曲がり角の向こうでタマの言葉が続いた。


「信念もなく、目的もなく、理性もなく。ただ欲望に満たすためだけに悪行を重ね……せやのに、悪を自認せえへんのやったら、それは悪やない」


 ハルに告げるためだけでなく、きっと、自分に言い聞かせてもいるのだろう。

 自分自身の結論を、言語化しているのだと気づく。


「私はそれを、獣やと思う」


 ――ああ。なるほど、それがタマさんの結論かぁ。


 面白いな、とハルは笑った。

 まさか、鱗と角を生やした少女に獣扱いされるとは。


「ハルさん、私は悪の本懐を見届けることを目的とする、ちっこい竜や。悪の竜、悪竜タマ……とか。名乗ったほうが、ええんかもしれへんけど。私の目的は、とどのつまり、悪が死ぬまで見守ることやねん」


 ざぷ、と足元で水が揺れる。

 がれきの影から、タマが出てきたのだ。

 周辺の温度も上がり始めている。

 タマの放熱が、再び始まっているらしい。


「ハルさん、アンタは獣で、悪足らず――」


 ばしゃっ、と水を蹴り上げて、ハルが通路の角から躍り出た。

 出た瞬間に、引き金を引く。

 言葉を遮って放たれた弾丸は、しかし、


「――悪足らぬなら、見守る気ィはないわ」


 ぎん、と軽い音を立てて、振り抜いた腕の鱗に弾かれてしまった。

 タマの、真っ黒な鱗に。


 ――紫から、黒に色が変わったねぇ?


 正面から向かい合ってみれば、角の形も変わっているとわかる。


「……それならさぁ。タマさんの言う悪って、なんなのぉ?」

「社会に背いてでも、自分の意思を貫き通す覚悟を持ったアホ。ろくな死に方せえへんってわかっていても、己の在り方を悪だと自認していても――歩くのを止めへん、ドアホのことや」

「へぇ。悪の敷居が高いねぇ、タマさんは。それじゃ、悪足らぬ獣は、どうするのかな?」

「目的を邪魔する上に安全を脅かす獣は、駆除するしかないやろ。街に出たヒグマと一緒や」

「ひどいなぁ、タマさんたら。動物虐待だよぉ? 愛護団体が黙ってないよぉ?」

「……街に出てこぉへんかったら、よかったのにな」


 タマが、顔をゆがめてそんなことを言うので。


 ――人間のふりなんかしなくても、そういう顔ができる子なんだねぇ、タマさんは。


 ハルはいつも通りに微笑んだ。

 ちょっとばかし、羨ましい。

 呪われても、姿を変えられても、そういう顔ができることが。


「……それができないから。ひとりじゃ、いられないから。だから、街に出て、人間のふりをするしかないんだよ、ボクらは」


 がしょん、と秒速でリロードを入れる。

 間髪入れずに『まっすぐ』を撃ち込むが、今度は鱗すら使わず防御された。

 タマの全身に、いつの間にか黒いものが纏わりついていて、それに阻まれたのだ。


 ――黒い炎? 炎色反応ってわけじゃ、なさそうだけどぉ。


 何度も使用していた火球とは、また別の種類。


 ――魔力の質が変わって、今まで見てきたものと違う炎が出てきたってことかぁ。


 ここから先は、確実に戦闘の種類が変わる。

 そういう確信があった。

 だから。


「……タマさん。いちおう、言っておくけどねぇ」

「なんや」


 ハルは言う。


「この三日間、一緒に旅ができて、楽しかったよぉ」


 タマは泣き笑いみたいな顔になった。


「なんでいま言うねん、性格悪いな、ホンマに」

「だって、このあとはもう――どっちかが、喋らなくなっちゃうでしょ? いまじゃないと、言えないからねぇ」

「……せやなぁ。せやわ。ハルさん、ありがとう。三日間、楽しかった」


 ほんなら、とタマが一言置いて。


 ゴッ! と。


 黒い炎が、通路を埋め尽くした。

 破壊的な衝撃が、通路を崩壊させ始める。

 水面を舐めるように広がる黒炎から、ハルは通路を逆走して逃げていた。

 曲がり角で助かった。

 全力で逃走しながら、次の魔弾を装填する。


 ――ダメだなぁ。できれば、地下で終わらせたかったんだけどなぁ。地下がいちばん、あったかいのに。


 もう無理だろうな、と爪を噛む。

 タマが、自衛のための反撃ではなく……明確な意思と覚悟のもとで攻撃を開始してきた。

 竜は一頭討ち取っているが、今回は壁になるものがない。

 構造が、逆転する。


 ――あはは。今度は、ボクが逃げるほうってわけだねぇ?


 竜が、来る。




★で評価とブックマーク登録よろしくお願いいたします!(久々に全部書いた)

ちょっと今月と来月、家庭のほうでいろいろ事情があって、急に更新止まるタイミングがあるかもです!

明日とかめちゃくちゃ止まる可能性ある。

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― 新着の感想 ―
[一言] 獣:喰わねえ獲物は殺さねえ! 獣さんが異議を申しておりますw まあ魔力に換えてるから喰ってるのかな?
[気になる点] 悪ではない獣って言うラベル貼りと理由に納得。
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