31 善悪を断じる仔竜
「自分で決めるって、そういう意味じゃないんだけどなぁ」
ぼやきつつ、ハルは気配の変化を感じ取った。
なにか、硬質なものが割れる音がおさまったあと、明らかに……。
――タマさん、変わったねぇ。
魔力の総量に変化は感じないが、威圧感というか、存在感というか、そういうものが増したように思う。
どちらにせよ、ハルにとっては好ましくない変化だ。
「ボクが悪いかどうかも、タマさんが決める気? 勝手にさぁ」
「勝手に決めるし、勝手に裁く。社会なんか知らへん」
――なにか、吹っ切れた? ボクのせい? いやいや……めんどうなタイミングで、育つんだなぁ。子供ってさぁ。だから面白いっていうひともいるけど、正気じゃないよねぇ。
じゃきん、と魔弾を装填する。
正面からの撃ち合いにあわせた『まっすぐ』弾だ。
「じゃ、ハルさんはボクが悪いって判断するわけだねぇ?」
「いいや。私は、ハルさんは悪くないと思う」
意外な言葉が返ってきて、一瞬、ハルの思考が止まる。
――ぜったい、悪いって言われると思ってたんだけどなぁ。
「ハルさんは悪やない。社会の意見に照らせば、きっとハルさんは悪やけど、私は違うと思う。せやから……せやからこそ、私は怒ってる」
――怒る?
悪くないから、怒るというのは。
ハルの知っている『人間のふり』にはない、妙な心の動きだと思う。
首をかしげるハルをよそに、曲がり角の向こうでタマの言葉が続いた。
「信念もなく、目的もなく、理性もなく。ただ欲望に満たすためだけに悪行を重ね……せやのに、悪を自認せえへんのやったら、それは悪やない」
ハルに告げるためだけでなく、きっと、自分に言い聞かせてもいるのだろう。
自分自身の結論を、言語化しているのだと気づく。
「私はそれを、獣やと思う」
――ああ。なるほど、それがタマさんの結論かぁ。
面白いな、とハルは笑った。
まさか、鱗と角を生やした少女に獣扱いされるとは。
「ハルさん、私は悪の本懐を見届けることを目的とする、ちっこい竜や。悪の竜、悪竜タマ……とか。名乗ったほうが、ええんかもしれへんけど。私の目的は、とどのつまり、悪が死ぬまで見守ることやねん」
ざぷ、と足元で水が揺れる。
がれきの影から、タマが出てきたのだ。
周辺の温度も上がり始めている。
タマの放熱が、再び始まっているらしい。
「ハルさん、アンタは獣で、悪足らず――」
ばしゃっ、と水を蹴り上げて、ハルが通路の角から躍り出た。
出た瞬間に、引き金を引く。
言葉を遮って放たれた弾丸は、しかし、
「――悪足らぬなら、見守る気ィはないわ」
ぎん、と軽い音を立てて、振り抜いた腕の鱗に弾かれてしまった。
タマの、真っ黒な鱗に。
――紫から、黒に色が変わったねぇ?
正面から向かい合ってみれば、角の形も変わっているとわかる。
「……それならさぁ。タマさんの言う悪って、なんなのぉ?」
「社会に背いてでも、自分の意思を貫き通す覚悟を持ったアホ。ろくな死に方せえへんってわかっていても、己の在り方を悪だと自認していても――歩くのを止めへん、ドアホのことや」
「へぇ。悪の敷居が高いねぇ、タマさんは。それじゃ、悪足らぬ獣は、どうするのかな?」
「目的を邪魔する上に安全を脅かす獣は、駆除するしかないやろ。街に出たヒグマと一緒や」
「ひどいなぁ、タマさんたら。動物虐待だよぉ? 愛護団体が黙ってないよぉ?」
「……街に出てこぉへんかったら、よかったのにな」
タマが、顔をゆがめてそんなことを言うので。
――人間のふりなんかしなくても、そういう顔ができる子なんだねぇ、タマさんは。
ハルはいつも通りに微笑んだ。
ちょっとばかし、羨ましい。
呪われても、姿を変えられても、そういう顔ができることが。
「……それができないから。ひとりじゃ、いられないから。だから、街に出て、人間のふりをするしかないんだよ、ボクらは」
がしょん、と秒速でリロードを入れる。
間髪入れずに『まっすぐ』を撃ち込むが、今度は鱗すら使わず防御された。
タマの全身に、いつの間にか黒いものが纏わりついていて、それに阻まれたのだ。
――黒い炎? 炎色反応ってわけじゃ、なさそうだけどぉ。
何度も使用していた火球とは、また別の種類。
――魔力の質が変わって、今まで見てきたものと違う炎が出てきたってことかぁ。
ここから先は、確実に戦闘の種類が変わる。
そういう確信があった。
だから。
「……タマさん。いちおう、言っておくけどねぇ」
「なんや」
ハルは言う。
「この三日間、一緒に旅ができて、楽しかったよぉ」
タマは泣き笑いみたいな顔になった。
「なんでいま言うねん、性格悪いな、ホンマに」
「だって、このあとはもう――どっちかが、喋らなくなっちゃうでしょ? いまじゃないと、言えないからねぇ」
「……せやなぁ。せやわ。ハルさん、ありがとう。三日間、楽しかった」
ほんなら、とタマが一言置いて。
ゴッ! と。
黒い炎が、通路を埋め尽くした。
破壊的な衝撃が、通路を崩壊させ始める。
水面を舐めるように広がる黒炎から、ハルは通路を逆走して逃げていた。
曲がり角で助かった。
全力で逃走しながら、次の魔弾を装填する。
――ダメだなぁ。できれば、地下で終わらせたかったんだけどなぁ。地下がいちばん、あったかいのに。
もう無理だろうな、と爪を噛む。
タマが、自衛のための反撃ではなく……明確な意思と覚悟のもとで攻撃を開始してきた。
竜は一頭討ち取っているが、今回は壁になるものがない。
構造が、逆転する。
――あはは。今度は、ボクが逃げるほうってわけだねぇ?
竜が、来る。
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