表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
#壊れた地球の歩き方 【コミカライズ全3巻発売中!】  作者: ヤマモトユウスケ@#壊れた地球の歩き方 発売中!
第五章【悪党北海道脱出編/魔弾暴発《マジックバレット・アウトバースト》】

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

257/266

30 善悪を識る仔竜



 タマは、わからなかった。


 ――わからんなぁ。


 水浸しの通路の角を、ひとつ曲がったところにいる女のことが、なにひとつ理解できそうになかった。

 かわいそう、とか、哀れだ、とか。

 そんな風にも言うのも間違っている気がして、タマは長い息を吐いた。

 きっと、自分は今までの人生でいちばん難しいことを考えているな、と笑いそうになる。


「……ハルさんの言う通り、善悪いうもんが『人間のふりがうまいかどうか』で決まるんやったら」


 ――このセリフ、レイジさんには聞かされへんなぁ。


 ぜったいに爆笑されるから。


「たとえば、人間のふりしたバケモンがいて。その『人間のふり』が、どんな人間よりもうまかったら、それは善人ていえるんか? 人間じゃなくても、善人か?」

「うーん、ボクにはわかんないや。人間じゃないなら、人間じゃないのかも。でも、人間のふりが上手なら……タマさんはむずかしいこと考えるねぇ。哲学者みたい」


 だれのせいやねん、と半目になる。

 ……いや、疑問を抱いたのはタマで、ハルは付き合っているだけなのだが。

 おそらく、ハルの中では善悪の定義なんてどうでもいいのだろう。

 受け売りの言葉をかみ砕きもせず、素直にそのまま口にしているだけだ。


「ハルさんは考えたことないのん? ……ないんやろなぁ」

「あれれ、ボクもしかして馬鹿にされてるぅ? あのねぇ、タマさん」


 曲がり角の向こうで、ハルが笑った。


「そもそもだよ? そんなこと、考える必要あるかなぁ? ないでしょお? みんなが善いと信じていることが『善』で、そうじゃないものが『悪』。だから、時と場合によって、善悪なんてひっくり返るもん。戦時下とかね。一般論だよぉ?」


 跳弾を受けた肩から、ようやくしびれが抜けてきていた。

 タマは、ずきずきと疼く竜角を指先で掻いて、がれきの影で立ち上がった。

 ざぷ、と水音が鳴る。

 耳ざとく、エルフが反応した。


「タマさん、立ったねえ。やっぱり跳弾じゃ、仕留めきれないかぁ。もうダメージも抜けちゃったよねぇ」

「おしゃべりしすぎやで」

「あはは。ボク、つい、しゃべりすぎちゃうんだぁ。明るく楽しくおしゃべりするひとって、好かれやすいからねぇ」

「ひとにいらんこと言って怒らせたこと、いっぱいあるやろ」

「あるよぉ。なんで怒ったのか、まだよくわかんないけど」


 ハルがくすくすと笑み声を漏らす。


「おしゃべりついでに、言っておくけどねぇ。一般論を越えた善悪の基準があるとすれば、それは自分の中にしかないんだよぉ。他人に聞くことじゃないねぇ、タマさん」

「……せやな。自分で決めやな、あかんよな。ハルさん、最後にもう一個、聞いてもええ?」


 ずきずき、ずきずき。

 痛む角をカリカリと掻きむしって、タマは問う。


「ハルさんは、あったかくなるために他人を殺しとる。アンタが否定しようが、事実として人は死んでる」


 ――殺す覚悟を決めたひと。殺さない覚悟を決めたひと。何人か見てきたけど。


 『なにがあっても殺さない』と決めるか、『殺してでもなにかする』と決めるか。

 そこがきっと、己にとっての分水嶺だと、タマは直感していた。

 タマの振り子がどちらに振り切れるかを決めるのは……今だと。


「ハルさんは、どうやって覚悟を決めたんや? あったかくなるためなら、たとえ人を殺すようなことでもするって」


 そして。

 予想通り、きょとんとした声が通路で跳ね返ってこだまする。


「さっきも言ったでしょ。殺す覚悟なんか、ないよぉ。ボクはただ、あったかくなりたいだけだもん。そしたら、みんないなくなったの。さよならは寂しいよねぇ」

「……さよか」


 その、答えに。

 いっそ拍子抜けするくらい簡単に、タマの心が決まった。


 ――自分で決めたら、ええねんな。


 ぱきり、と。


 ――パパも、こうやって決めてんやろな。たぶん、あっさりと。


 タマの竜角の表面に、ヒビが入った。


「アンタが……ハルさんが、自分が悪いって言われへんねやったら。一般論を越えたところで、自分の覚悟を決められへんねやったら。だれかが、決めやなあかんよな」


 ぱらぱらと、竜角の表面が剥離し、落ちていく。

 ヒビの下から露出したのは、黒曜石のような色合いのもの。

 枝分かれし、歪曲しながら、表面を食い破って伸びあがる、大きな一対のもの。

 それは竜角。

 山羊のように捻じれた、しかし真っ黒に輝く角。

 タマの新たな人外の証明。


 ――ずきずきしとったんは、あれやな。


 理解して、微笑む。

 なんのことはない。成長痛だったのだ。

 古い角を押しのけて、新しい角が出てこようとしていただけ。


「ほんなら。なにが(ええ)ことかは、わからへんけど。なにが悪いかは、私が決めたるわ」




★マ!!


『#壊れた地球の歩き方』書籍版2巻が発売中です!

Web版にない書き下ろしもいっぱいあるよ!


・本編【大阪なにわダンジョン解放編】には書き下ろし三万文字ほど加筆修正

・巻末特典SSは【イコマの休日】

・TOブックスオンラインストア限定特典SSは【イコマ、お好み焼きを量産する】

・電子書籍版限定特典SSは【ユウギリ・ビフォーアフター】

・新規イラスト化キャラはアダチさん、タマコちゃん、ユウギリ(大人バージョン、ロリバージョン)

・さらに巻末にあきづき弥先生のコミカライズ第一話をまるまる収録


ぜひぜひ買っていただけると嬉しいです!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
↑の☆☆☆☆☆を押して作品を応援しよう!!

TOブックス様から書籍一巻発売中!!

TOブックス様のサイトはこちら
― 新着の感想 ―
[一言] 人を上手く騙せる人間だけが、善い人間なのです(_ー 騙せなかった、騙さなかった人は使えない人間として切り捨てられる社会なので。
[一言] 自分一人の独善と空気に合わせた偽善で世界は出来てるんやで?
[良い点] 汝の隣人を愛せよと云う宗教の信者が喜々として隣人を殺すのが人類なんで、強制的に範疇から外れた者のが善悪を考えるのでしょう。 [気になる点] ハルさんが抜き身の刀だが、鞘はもう無いのだろうな…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ