29 幕間 太政大臣と忍者と机から出てきた女装(女装付き)
イコマの着替える衣擦れの音をBGMに、レンカの言葉が続く。
「精神病質……広義ではパーソナリティ障害全般のことを指すそうですけれど、近年は『反社会性パーソナリティ障害』を指して、よく使われる言葉ですわね」
「ええと……」
タンバは首をかしげた。
――パーソナリティって、個性ですよね。それが社会に反するようなもの、となると……。
「つまり、社会が苦手なひと、ですか?」
「そういう言い換えも、ありかもしれませんわね。実際、サイコパスと診断される方の大半は、ふつうの人だそうですし。クラスにひとりくらいの割合で存在しているとも言われておりますの」
クラスにひとりとなると、およそ三パーセント前後だろうか。
タンバが思っていたよりも、ずっと多い数字だ。
「そんなにたくさん、サイコパスがいるんですか……」
「ええ。ですから、マコさまが『ナイフぺろぺろするひと』と言ったのは、大きな誤解ですわね。世の中の多くの人々は『サイコパスは自分とは違う』と考えてしまいがちですけれどね」
着替え終わり、チャイナドレスをばっちり決めたマコが、気まずそうに目を逸らした。
「精神病質者の中で、反社会性パーソナリティ障害であり、なおかつ『実際にやらかしてしまった』ひとを取り立てて映像化したりするから、勘違いしがちですけれど。実際には、サイコパスと言われる方の大半は社会の中で通常の生活を営み、ふつうの人生を終えるのだそうです」
「社会が苦手なのに、社会の中で……ですか」
レンカはそっとうなずく。
「生きづらさを抱えたまま生きている方々が、たくさんいるのでしょうね。普遍的なものではなく、当人にしかわからない、他人からは理解されない生きづらさを」
――理解されない辛さを、理解されないままに生きている……と。
タンバは少しだけ目を伏せた。
「それは……なんだか、悲しいですね」
「タンバさまは、お優しいですわね」
太政大臣が微笑み、女装チャイナが胸を張った。
「でしょ。タンバくん、優しいんだよ」
「僕のことなのに、どうしてマコさんが誇らしげに……まあ、いいですけど。褒められていますし」
タンバはレンカに一礼した。
「ありがとうございます、レンカさん。ユウギリにも、なんとか説明できそうです」
「それならよかったですわ。……ユウギリの様子はどうですの?」
「普段通りです。最近はヒーロー映画に夢中ですね」
「あら、いいですわね。……『鑑定』持ちの検診は、どうですの?」
「『竜種』の名残のようなものがあるだけだそうです。反逆する能力はないと判断しています。反逆の意図も……たぶん、ないはずです。こないだも『外のほうが怖いぞ』と脅しましたから」
「外のほうが怖い? なんか、牢屋の外はおばけが出るみたいな言い方だね、タンバくん。……タンバくん? どうして目を逸らすんだい?」
ともあれ。
「現状、問題ないと報告いたします」
「わかりましたの。引き続きよろしくお願いいたしますわね。変化があれば、すぐに連絡するように」
「は!」
敬礼し、退室しようとするタンバの背中に、
「ああ、それと、ですけれど」
レンカの声が投げかけられる。
「タンバさま。ユウギリには、せいぜい深入りするようにしてくださいな」
「……ふつう、逆じゃないですか? 捕虜には深入りしないように言うシーンだと思うのですが」
「深入りするべきではないとお思いですの?」
「……わかりません」
女装チャイナが苦笑して、タンバの肩を叩いた。
「どうすべきか、じゃなくて、どうしたいか、で考えてみたらどう? たまには欲望に忠実になるべきだよ、タンバくんも」
「マコさんはちょっと、欲望に忠実すぎると思いますけどね。……でも、それなら僕は、ユウギリに深入りしたいと思います」
レンカとマコが微笑んだ。
「それは重畳ですの」
「さて、僕もそろそろ行くよ、レンカちゃん」
「名残惜しいですが、わたくしも仕事に戻りませんとね。では、またのちほど幹部寮で」
「残業はほどほどにねー」
「マコさまに言われたくありませんの」
軽口を言い合ってから、女装と忍者が執務室を出た。
数メートル歩いてから、ふと、忍者のほうが口を開く。
「ところでマコさん」
「なあに?」
タンバは半目で隣の女装を見た。
「スプーン、結局拾ってないですよね」
「あ。……てへっ♥」
★マ!
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