27 あたたかさ
ハルが、己と他人の違いを自覚したのは、小学校に通い始めてからだ。
同級生。同い年の他人。同じクラスのお友達。
同じはずなのに、決定的に違うと突き付けられた。
――あのこのぱぱは、なぐらない。
怒鳴ったり、蹴ったりしない。
――あのこのままは、たたかない。
もちろん、タバコの火を押し付けたりしない。
一晩中、水も食事も与えず、地下室に閉じ込めたりしない。
――ボクのぱぱとままは、おかしい。
――ボクのおうちは、おかしい。
――だから、ボクはも……おかしい。
そのおかしさを自覚する頃には、手遅れで。
ハルが手にかけた最初の相手は、両親だった。
小学六年生に上がったばかりの、春の出来事だった。
――地元の名家、代議士の家で起きた残虐な犯罪。被虐待児が包丁で父母をめった刺しにした悲劇の大事件。
新聞にはそう書かれていたのだったか。
生まれて初めて安心を得たときの記憶だ。
よくおぼえている。
もう殴られない。もう叩かれない。もう蹴られない。もう怒鳴られない。
――もう、痛くないって。わかったんだよねぇ。
両親から受け取った初めての『ひとのあたたかさ』は、流れる血の温度。
父母の血に包まれて、ハルはようやく人間を理解した。
そういう風に、理解してしまった。
――最初からこうだったわけじゃないにせよ、気づいたときには、ボクはもうこうだったもんねぇ。
思う。
生まれた家が悪かった。
育った環境が悪かった。
一般的な生き方を知る頃には、もう手遅れだった。
だから。
――だから、ボクは悪くないよねぇ?
だって、そうじゃないか。
仕方ないじゃないか。
ハルにとって、世界とは、人間とは、人とのつながりとは、あたたかさとは……そういうものだと、規定されてしまっていたのだから。
仕方ないのだ。
女友達のあたたかさを知りたくなってしまったことも、ぜんぶ。
蝶よ花よと育てられた女の子。
ふつうに愛されて、ふつうに育った、ふつうの女の子。
少年院を出たばかりで、清掃のバイトをしていたハルにも優しくしてくれた、大切な友達。
そんな友達を、廃屋の地下室に誘い込んで……。
――よい境遇で育ったあの子を妬んだから殺したんだ、なんて言われたけどさぁ。ボクは別に、殺したわけじゃあ、ないんだよねぇ。
だれにも理解してもらえなかったのだが。
妬んでいたわけじゃない。
『ふつう』が羨ましかったけれど、妬んではいなかった。
テレビの自称評論家どもは、みんな的外れだ。
――嬉しかったから。確かめたかったから。
優しい友達ができたことが、嬉しかった。
その優しさ、温かさを、もっと深く知りたかった。
そして……ハルは人間のどこが温かいか、よく知っていた。
血潮だ。
だから、体を切り開いてその内側に潜り込んだ。
――あったかかったよぉ、あの子。
それ以外の愛情表現を知らなかった。
愛され方も……愛し方も。
そのあと、何人もの友達を作り、何人もの友達を愛した。
――そうしたら、捕まっちゃったんだぁ。
人生の大半を塀の中で過ごすはずの女に転機が訪れたのは、天変地異が起きた春の日。
女子刑務所の壁と塀が、ぐちゃぐちゃに崩れて落ちた。
阿鼻叫喚の混乱に乗じて、ハルは街に出た。
舎房衣を脱ぎ捨てて、崩れたブティックで服を着替え。
放置された車やバイクや自転車を駆使して、札幌から逃げ出した。
再び捕まるのは、いやだった。
刑務所の中では、あたたかさを実感できなかったから。
追手を警戒して早々に行動を開始したのが、功を奏した。
札幌を襲った竜の襲来と集団暴走を回避して。
ハルは、自由になった。
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