26 跳弾
跳弾。
それが、沸騰攻撃から逃れたハルの次なる一手だった。
――魔力を感知されてるのなら、魔弾じゃない通常弾丸を使えば、イケるかと思ったけどぉ。
タマの角の知覚範囲は、三日間の旅の中でざっくりと把握している。
その外からライフルの銃弾は届くが、ハルの耳でも状況を把握できない距離になってしまう。
だから、狙撃先は推測で撃った。
――従業員用通路の先、逃げた方向はわかってる。沸騰とかで通路が崩れて道が変わっている可能性もあるけど、とりあえずそっち方向に跳弾を投げ込めば、牽制にはなるよねぇ。
素早く装填と射撃を繰り返す。
ハルの耳にとっても、知覚外の場所への狙撃だ。
着弾確認もできないが、そこは数でカバー。
跳弾するたびに威力は減衰するから、威力については期待していない。
あまり当てる気もない。あくまで牽制だ。
そもそも、跳弾は狙ってできるものではないし、跳弾の方向をコントロールすることは不可能なのだが、
――『狙撃術:A』……どこをどう狙って撃てば、どこにどう届くか。跳弾した結果までわかっちゃうんだから、すごいよねぇ。
スキルなら、それが可能になる。
テンポよく撃ち続けて、二ダースほど弾丸を消費してから、首をかしげた。
「……反撃なし。例の沸騰も、こちらへの呼びかけもなし。逃げられちゃったかなぁ」
あるいは、威力の減衰した通常弾丸など、気にも留めないほど硬いか。
そういうことなら、牽制にもならない。
ふむ、と三秒ほど考えてから、ハルは歩を進めた。
ざぷざぷと水音を立てながら、通路を歩く。
「んー。やっぱり、着弾確認ができないんじゃ、ダメだねぇ。眼球も狙えないしぃ」
つぶやく。
「それに、もし当たりどころが悪くて死んじゃってたら……そう簡単には死なないだろうけど……タマさんのあったかさが、流れていっちゃうもん。ダメだよぉ、それは」
――北海道は、寒いからねぇ。あったかくないのは、ダメだよねぇ。
音に注意しながら通路の角を曲がる。
かすかに耳に音が届く。
知覚範囲に、タマが入った。
――がれきの影にいるんだねぇ。ちょっと、息が荒いかなぁ?
運よく跳弾が当たってくれたらしい。
どころか、想像以上にダメージを負っている。
鱗以外のところにあたってくれたようだ。
――タマさん、体の強度はともかく、体重軽いからかなぁ。
衝撃だけでも、けっこうな打撃力になるらしい。
ざぷざぷとブーツで水をかき混ぜる。湯気は出ていない。
――温度も高くないねぇ。沸騰攻撃は怖いけど、前準備はいるみたいだし。
追い込めると判断し、さらに歩く。
もうひとつ角を曲がれば、タマの潜むがれきが見える……そんなときに、声がした。
「ハルさん。ちょっと戦闘やめてもろて、質問してもええか?」
「タマさん? なあに?」
ここまで近づけば、魔弾だろうが通常弾だろうが関係ない。
ハルはそっと『まがる』魔弾を装填しながら、問い返す。
「タマさんの質問なら、なんでも答えるよぉ?」
「さよか。……うそやな。いま、魔弾入れたやろ」
――ああ、やっぱり魔力には鋭いねぇ。
微笑みながら、壁に身を寄せて立ち止まる。
警戒されている。
いま攻撃するのは、少々リスキーか。
「……質問してる間は、攻撃しないよぉ」
「……ま、攻撃されても、防ぐけど。なあ、ハルさん。善悪ってなんやと思う?」
首をかしげる。
「さっき言ったとおりだと思うよぉ? 人間のふりがうまいひとは善いひとで、人間のふりが下手なひとが悪いひと。ここでいう人間っていうのは、『社会にいる普通のひと』って意味ねぇ」
より正確には『大多数の人間が普通だと想像するひと』だろうか。
「人間のふり、か。ハルさんは上手やったな。昨日までは」
「あはは。でしょ? コツはね、笑顔だよぉ。ボク、そういうの得意なんだぁ」
ハルは通路に溜まった水に、うっすらと映る己の顔を見た。
きれいな顔だ。傷もなにもない、顔。
その顔で、にっこりと笑う。
「だから、ボクは善い人間なんだよねぇ。上手だからさ」
「悪趣味な冗談やなぁ」
「冗談のつもりじゃないんだけどなぁ。親切にすべきときは親切にできるし、いつも笑顔でいるでしょお? 会ったとき、タマさんとレイジさんを助けたのもそうだし。ちょっと、我慢できなくなって、いけないことをしたりもするけど、でも他人を傷つけたりはしないもん」
「……はあ? アンタ、山ほどひと殺したやろ」
「ボクは殺してないよ。力になってもらっただけ。あったかい、力にさぁ」
少し間が空いてから、またタマの質問が飛ぶ。
「ハルさんって、いつからそうなん? いつから……その、いけないことをするようになったん?」
「うん? いつから。いつから、かぁ……うーん」
戦闘中だというのに、ハルは少し、考えてしまった。
そんな質問をされるのは、ずいぶん久しぶりだったから。
――いつからだったかなぁ。
少なくとも、生まれたときから、こうだったわけじゃないとは、思うのだが。
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