25 善悪を知らぬ仔竜
「……ふぅー」
タマは長い息を吐いて、体の熱を振り払う。
少々、疲れた。
――全身発熱に加えて熱息で直火加熱やったけど。本気の本気でやっても、一瞬しか沸騰させられんか。
あたり一帯、突沸で巻き上げられた水の湯気が漂っていて、蒸し暑い。
うまくいってよかった、と思う。
走って逃げながら、全身発熱で周囲の気温を上昇させておき、最後のとどめとして熱息を使用した。
ぎりぎり、一瞬だけ沸騰させられた。
二つ先のテナントくらいまでは、沸騰範囲に巻き込めたはずだ。
衝撃だ、またがらがらと崩れてきた地下街の天井を避けて、タマは歩き出す。
――できたら、逃げて終わりたいけど。
そうはやすやすと逃げさせてはくれない雰囲気だ。
だからといって、タマの側から積極的に反撃する覚悟はない。
いや、正確に言えば。
――私には殺す覚悟がない。殺さへん覚悟もない。
どっちつかずだ。
脳裏に浮かぶのは、三人の男。
ぎらついた渇望を胸に恋人の復活を望む、殺す覚悟を決めた男。
へにゃりとした笑顔で人々の望みをかなえて回る、殺さない覚悟を決めた男。
それから……。
――パパ。
悪役レスラーから、本物の悪に堕ちた父は、殺す覚悟を決めた男だった。
いや、善悪の基準がどういうものか、タマは答えを出していないため、父が『本物の悪』だったのかどうかはわからないが。
「……そもそも、あんのかな。本物の悪とか、善とか」
口に出してみると、なんだか、一気に安っぽくなった。
『ほんもの』だなんて。
コメディドラマだって、もう少し捻った言い方をする。
「わからんなぁ。わからんわ。なあんも、わからん」
経験が足りない。
そう思ったとたん、なぜだか、ずきりと角がうずいた。
――わからんままなんは、気色悪いわ。
それを知ることが大切だと直感する。
どうにかして、知るべきだと。
角が、そう訴えている……気がする。
だが、わからない。
知り方がわからない。
わからないときは、どうするか。
いつも通りだ。
「ほなら、聞いてみよか」
レイジに聞いても欲しい答えは返ってこないだろうから、ほかのひとが良い。
イコマあたりだと、面白みのない答えしか出てこないだろう。
だいたい、ここは北海道で、イコマは古都だ。
遠すぎる。
父であるアダチは、もうどこもいないし。
そうなると、質問先は。
――ちょうどええやん。
現在、世間一般で見れば、巨悪と言って過言ではない相手が、自分を狙っているではないか。
生の意見を聞く絶好の機会だと、タマは思った。
「ハルさんに、聞いてみよか」
命を狙われているとしても、そうすべきだと思った。
逃げるよりも、話を聞いてみるべきだと。
ずきり、ずきり、と角がうずく。
理性を越えたところで、なにか、重要な変化が起ころうとしていた。
タマはちらりと背後を見て、鼻を鳴らす。
――ハルさん、けっこう逃げたな。私の知覚範囲外や。沸騰で死んだわけやなさそうやけど。
死臭のせいで少し鈍っているが、それでも相当な範囲で気配と魔力を探れるタマの角。
その範囲の中にいない。
つまり、ハルにとっても、あの長い耳の知覚範囲の外になるはずだ。
いまなら、多少余裕がある。
「……殺されへんように立ち回りながら、質問するんか。ちゃんと答えてくれるかなぁ」
のんきにそんなことを呟きながら、タマは通路を進む。
どちらにせよ、死臭の濃い地下にはいたくない。
質問するにしても、外に出てから――と、考えたそのとき。
ぎんッ!
という激しい音と共に、タマの体がきりもみしながら吹き飛んだ。
その後、金属が弾けるような音が激しく連続し、タマのいる通路で跳ねまわり、水しぶきをあげる。
――なんや!?
おそらく、この音の正体が、タマの肩にあたったのだとわかる。
……痛みはあるが、それほどではない。
Aランクのタフネスを抜くほどの威力はなかった。
タマはがれきの影に身をひそめながら、あざになった肩をさすって、気づく。
――魔弾ちゃうな、これ。ただの弾丸や。
どうやら、ハルが攻撃方法を変えてきたらしい。
★マ!
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