24 狩り
ハルは予想通りの光景に、微笑んだ。
――やっぱり! この距離からでも、効かないよねぇ!
装填していたのは、『まっすぐ』の魔弾。
命中率と貫通力に秀でたCランク相当の魔弾が、タマの振るった右腕にたやすく弾かれた。
――鱗の強度、反応速度、高速で飛翔する弾丸を弾ける膂力!
「すごいなぁ、タマさん!」
素直な感嘆の声を上げつつ、ハルは次弾を装填しながら、駆け出す。
『まっすぐ』はダメだ。通常の弾丸もだめ。
かといって、『しんじゃえ』魔弾もリスキーだ。
高い魔力が込められている魔弾は、おそらく撃った瞬間に弾種が警戒されて回避される。
――角が厄介だねぇ。
センサーとして機能する、両角。
『竜の呪い』と言っていたが、ただの呪いではないだろう。
――たぶん、ボクの『エルフ種』と一緒だ。竜になる呪い……というか、スキル。
溜まった水をパシャパシャ鳴らしながら逃げ出すタマの背中に、呼びかける。
「あは! タマさんも、竜に押し付けられたんだねぇ」
「どっちかっていうと、パパに押し付けられたんやけど」
タマが強く柱を蹴って、テナントの角に飛び込んだ。
振動に耐えかねて、地下街のがれきと雪が不穏な音を鳴らす。
――ボクの耳と、あの角じゃ、性能が違いすぎるかなぁ。スペックもタマさんが上。攻撃力は……。
崩れる天井を走って回避しながら、かつては料理店だったテナントの中を目掛けて、もう一発弾丸を放つ。
タマはハルに背中を向けたまま、がれきの影に身をひるがえして回避した。
戦力を比較すれば、わかる。
――十分、勝てるねぇ。
攻撃力もタマが上で、ハルは一発殴られただけで怪我は避けられない。
エルフの体は、華奢とまではいかないが、頑丈というほどでもない。
しかし、攻撃力の点で言えば、ハルには一撃必殺の即死弾丸がある。
確実に当てられるシチュエーションでしか使えないとはいえ、ハルも『当てれば勝てる』攻撃を持つのは同じ。
スピード、タフネスでは負けているが、攻撃距離はハルのライフルが上。
タマの火球も脅威ではあるが、決して速い攻撃ではない。
トータルで見れば、ハルが劣勢だが。
――でも、札幌はボクのホームだもん。
タマはテナントの裏から地下街の従業員専用通路に入ったらしい。
あそこはただでさえ入り組んでいるが、壁面や天井の崩壊もあって、行き止まりが多いのだ。
土地勘と構造物への理解度が、強弱の関係をたやすくひっくり返す。
なにより。
――タマさん。人間と戦ったこと、ないよねぇ。殺したことなんて、やっぱり、ないよねぇ……!
にっこりと微笑んで、ハルは地下街を駆ける。
「あは。反撃してこないなら、ヒグマより楽だよぉ」
地下のことなら、だれよりも詳しい。
崩れたがれきで入り組んだ通り道も、繋がっている地上建造物も。
すべて、ハルのテリトリーだ。
――とはいえ、まったく反撃してこないわけ、ないよねぇ。札幌市外にまで逃げられると、さすがに追いかけられないだろうし。
できれば、地下街で仕留めたい。
がしゃんっ、と薬莢を弾き出して、次の魔弾を装填する。
――『みぎにまがって』だよぉ。
エンチャントを施した弾丸のストックは、合計百発以上ある。
用途に合わせて、さまざまな効果のエンチャントを施してあるが、そのうち、竜に通じるレベルの『しんじゃえ』魔弾は二発。
それ以外の弾丸でタマを追い込まなければならない。
長い耳をぴくぴくと動かし、ハルは料理店のカウンターに飛び乗ってライフルを構え、撃った。
放たれた弾丸は、がれきのすき間をすり抜け、従業員用通路に飛び込んで右曲がりの軌道を描き、視界から消え。
ぎいんっ!
と硬質な音が通路の向こうで反響した。
――ん。弾かれたねぇ。やっぱり鱗かなぁ。視界の外、曲がった通路の先からの狙撃でも防いじゃうのかぁ。タマさん、規格外だよ。
エンチャントと『狙撃術:A』の合わせ技。
不安定な曲芸軌道の魔弾も、ハルの腕前なら、百発百中に持っていける。
威力は足りないが、鱗のある腕で弾いているあたり、攻略するならそこか。
「鱗のないところ。皮膚も堅そうだし、確実に追い込める一撃としては……」
うん、とうなずく。
「眼球だねぇ。脳まで届けば『しんじゃえ』の節約になるかもしれないし」
装填。次は汎用性の高い『まっすぐ』だ。
ハルは走って通路を曲がる。
――反撃はなし。
耳に届く音が、変わった。
水をパシャパシャと叩いて走る音が止んだのだ。
「止まった?」
一つ先の角で、タマが止まった。
諦めたのだろうか。
賢い少女だが、少女は少女だ。
精神的な負荷には弱いだろう。
額の汗をぬぐって、ハルは微笑み――。
「……汗?」
違和感に気づく。
――地下とは言え、雪まみれな一月の札幌で、足元が水浸しの場所で……汗?
息を切らして走っていたから気づかなかったが、明らかに周囲の温度が高い。
防寒具がやけに蒸し暑い。
脳内で警戒音が鳴り響く。
なにが起こるかは不明だが、なにかが起こることだけは、わかった。
すぐにきびすを返して逃走を開始した――直後。
ぼこぼこ、と足元の水が、震えた。
「……沸騰!?」
ないと思っていた反撃は、ハルが思っていたよりも周到に仕掛けられていたらしい。
地下街の水が、ぼっ、と爆ぜた。
★マ!
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なお、早いところだともう店頭に並んでいる書店もあるそうです。