25 合法ロリメイド先生
守衛室は快適だった。
正門脇から突き出すようにして併設された守衛室だから、大して広くはない。
けれど、正門や塀同様に丈夫さがウリらしく、壁にひび割れ等は一切ない。
文明崩壊後の地球では、それだけで貴重な空間だ。
四畳半の部屋は、本校舎の洋館風建築とは激しいギャップがあって、思わず笑ってしまったけれど。
なんというか、普通の用務員室や宿直室といった見た目である。
案内してくれたのは、背の低い女の子――えちち屋ちゃんだった。
「正門側の受付窓口部屋と直通になっています。気になるようでしたら鍵をかけてください。
外部、たまにモンスターがうろつきますが、基本的には見張りが追い払いますし、当校の塀はトラックの衝突でも崩れませんからご安心を。
夕食は後ほどお持ちいたします。アレルギー等あれば、いまのうちにお伝えください。
他にも質問があれば門番まで。今夜の当直は私ですのでお気軽にお呼びください」
「ありがとう、えちち屋ちゃん。
質問は特にないけど――あ、そうだ。
電気、使ってもいいの?」
天井を指さす。そこではLED灯が室内を明るく照らしていた。
A大村のように、発電施設があるということだろうが……発電量が乏しいなら、使用は控えた方が良いだろう。
そう心配したのだけど、えちち屋ちゃんは問題ないと一蹴した。
「気にせずお使いください。
校内サーバー保全及び災害対策のため、緊急時用の非常電源がありまして。
名家、旧家のお嬢様がたが通う学校ですので、万が一にも生徒が傷つかないよう、もとより設備が充実しているのです。
近隣の山間部からメガソーラーのパネルをいくつか拝借し、本校舎屋上から非常電源まで繋いでおります。
自家発電ゆえ発電量は安定しませんが、蛍光灯程度なら問題ありません」
背の低い少女はそう言ってから、真顔で僕を見つめた。
「じかはつでん♥」
「言い方次第でえちちに聞こえる単語シリーズやめろ」
「あ、そういえばティッシュは設置しておりませんでした。
すみません、女子校に潜入したばかりの健全な男性相手に気が利かず……」
「使うことを前提にするな」
というか、だ。
僕はバックパックからポケットティッシュを取り出し、『複製』した。
二つに増えた小さなビニール製のパックが、手のひらに載っている。
「ティッシュなら自分のがあるからいいよ。
消耗品類、もうほとんど在庫がないって聞いてるし」
えちち屋ちゃんが目を丸くして僕の手元を覗き込む。
「今のが『複製』ですか。実際に目にすると、驚きますね」
「そう? ただの劣化コピーだよ、便利だけど質は悪い」
複製ティッシュを一枚取り出し、えちち屋ちゃんに渡す。
彼女は指でこするようにして品質を確かめ、大きく頷いた。
「なるほど。粗いですね」
「そういうこと。数の確保なら得意だけどね」
「しかし、強力な能力です。
もはや貴重品と言っても過言ではない物品を量産できるとは。
ナナがイコマ様を連れてきたのにも納得がいきます」
お返しします、とえちち屋ちゃんがティッシュを僕に返そうと差し出す。
あ、そうだ! 僕は複製ティッシュを丸ごと彼女に手渡した。
「え、あの……」
「あげるよ。貴重品なんでしょ?」
「いいのですか? 貴重品だとわかっているものを無償で渡してしまっても」
「えちち屋ちゃん、今日いろいろ教えてくれたし。
そのお礼だと思って、受け取ってほしい」
えちち屋ちゃんは目を伏せて一礼した。
「では、遠慮なく。
こちらは『イコマ様のティッシュ』として皆に自慢しようと思います」
「微妙に反応に困る単語をチョイスするんじゃないよ」
「いこまおにーちゃんのてぃっしゅ♥」
「急にお兄ちゃんとか言うな。
――オイコラやめろ、ティッシュを丸めて手に持つんじゃない」
ただでさえ背が低くて幼児体型のえちち屋ちゃんだ。
甘く作られた声でからかわれると、倫理的にまずいことをしているような気分になってしまう。
「ちなみにイコマ様はおいくつですか?」
「ん? 二十歳だけど」
「そうでしたか。私の六つ下ですね」
「はっはっは、その冗談はちょっと切れ味が悪いんじゃない?」
「……ふふ。ええ、少しばかり気の緩んだネタでしたね。
ともあれ、本当にありがとうございます。
大切に使わせていただきますね」
その後、設備について二、三の質問をしたあと、えちち屋ちゃんは守衛室から出て行った。
門番の仕事があるそうだ。
やれやれ。ちょっと疲れるけど、面白い子だな。
一息ついて、バックパック内の整理と備品の確認をしていると、勢いよく扉が開いた。
驚いてそちらを見ると、夕食が載ったトレイを抱えたナナちゃんが、顔を真っ赤にして立っていた。
「お兄さんの変態!
合法ロリに丸めたティッシュなんて持たせて、いったいナニしてるの!?」
冤罪が過ぎる。なにもしてねえよ。
「や、やっぱり私のおなかにはもう飽きたんだ……!
うう、そうだよね、こんなサブカル陰キャ女よりも合法ロリメイド先生のほうがいいよね……!」
「いや、ナナちゃんのおなかにはナナちゃんのおなかにしかない良さがあって、飽きるとかそういう問題ではな――ちょっと待って?
いま合法ロリメイド先生って言った?」
さめざめと泣きながらナナちゃんが首を傾げた。
「あれ? 言ってなかったっけ、あのヒト、侍女育成コースの先生だよ。
見た目はロリにしか見えないけど、れっきとしたプロのメイドさん」
「……ほーん。なるほど。なるほどね」
……。
六つ上、二十六歳。
二十六歳かぁ……。
「年下の子がじゃれてたわけじゃなくて、年上のお姉さんにからかわれるシチュだったとは……うわ、急に恥ずかしくなってきた」
「わあ、お兄さんがただただ普通に恥ずかしがってる。レアだ……」
うるさいやい。
「ていうか先生ならなんでセーラー服着てたんだよ!?
普通に女子生徒だと思ったわ!」
「制服はほら、予備の在庫がいっぱいあるし、丈夫だから。
余所から避難してきた住民も、だいたいみんなセーラー服着てるよ」
納得の理由を教えるんじゃない。
くそう、どうやら完全に弄ばれていたらしい。
なんだか無性に恥ずかしい。
畳の上で顔を抑えて転がりまわっていると、パシャパシャと音がした。
見上げるとナナちゃんがゴツい一眼レフカメラを構えていた。
「……ナナちゃん、なにそれ」
「変態お兄さんが恥ずかしがるレアシーンの激写。
例のハッシュタグつけて投稿しとくね」
どこに投稿するんだよ。
やめたまえ。
次回から傷舐め本番描写(本番ってなんだ?)と真面目な周辺探索(真面目ってなんだ?)、そして動き出すレイジたち(レイジってなんだ?)の予定です。
よろしくお願いします~!!
「面白い!」「続きが楽しみ!」と思った方は★!




