20 おれにくれよ
――まずいなぁ。
ハルはにこにこ笑顔で爪を噛んだ。
大きな音がしたから、テレビ塔に目を向けてみれば、だれかが地下街に落ちたらしい。
だれかが……というか、この街に人間は三人しかいないのだが。
――ああ、まずい。まずいよぉ、これは。
「どうしよう。どうしよう。どうしようぅ……。だいじょうぶかなぁ……」
がりがりと爪を噛んだあと、雪の上に寝そべる巨大な白い蜘蛛に声をかける。
「ヤウシ、ちょっと拠点で待っていてくれるぅ?」
カチカチと顎を鳴らして返事。
ハルは背中のライフルを引っ掴むと、雪上を駆け出した。
辿り着いたテレビ塔の根元は、大規模な崩落を起こしており、そこだけ積雪が凹んで、地下街へと落下している。
そのクレーターの端に、両手の代わりに剣をぶら下げた男が突っ立っていた。
――レイジさんは、落ちてなかったんだねぇ。
ハルは油断なくレイジを見ながら、穴を注視した。
底は見えるが、流れ込んだ雪のせいでがれきの状態が見えない。
飛び下りるのは危険だろう。
着地した先に、雪に隠れた鉄筋などがあったら、死んでしまいそうだ。
「レイジさん、タマさんは?」
「落ちた。心配ねえよ、アイツのタフネスはAランクだ。……まあ、しばらくは動けないかもしれねえが。強い衝撃を受けると、さすがに痺れるみたいだぜ」
レイジはにやりと笑った。
「まいったぜ。足元悪いから、飛び降りるなよって叫んだんだが、聞こえなかったらしい」
「……へえ。叫んだんだぁ」
ハルは微笑んだ。
――うそだねぇ。ボクの耳には、なにも聞こえなかった。
「エルフの耳は飾りじゃないよぉ?」
撃鉄をあげて告げると、レイジはへらへら笑って両剣を振った。
「そうぴりぴりすんな。笑顔ですごまれると、興奮しちまう」
「男のひとって、エルフ好きだよねぇ。そんなに魅力的かなぁ。抱きたい?」
「そそる相手だが、実はおれ、死んだ女しか抱かねえ主義でな」
「あはぁ。変態さんだぁ」
敵意は感じない。
殺意もない。
――不意打ちじゃないなら、スピードと射程距離の差でボクが勝つよねぇ。
敵対するつもりはないが、それにしては言動が妙だ。
ハルはライフルを下げた。
「それで、どういうつもり?」
「どうもこうもねえ。ちょっと事故って、タマが落ちた。それだけの話だ」
「そ。レイジさんは、そういうつもりなんだねぇ」
――決めた、かぁ。自分が無事に本州に行ければいい、だっけぇ?
ひどい男だ、と微笑む。
「邪魔になったのぉ? タマさんのことがさぁ。いろいろ、口うるさく言われてるみたいだったもんねぇ」
「さあて。おれにゃ、なんのことかわからねえ」
素直に言うつもりはないらしい。
ハルはすたすたと歩いて、穴から離れた。
道のわきに、地下へ続く道がある。
――下でタマさんを見つけたら……どうしよう。タマさん、気づくかなぁ。気づくよねぇ。だって、あの角、すごいもんねぇ。
考えながら歩くハルの背中に、軽薄な男の声がかかった。
「なあ、ハル。ちょっと提案なんだがよ。Aランクの魔石、使わねえなら、おれにくれよ」
「だめ。ボクのだもん。いざというときのために、とっておくんだぁ」
「ま、そうだわな」
レイジは「ひは」と笑った。
「なんなら、すぐにでも使うかもしれねえしな」
★マ!
大変お待たせいたしました、更新再開です。
何度も中座して申し訳ありません……!!
近況はTwitterと活動報告でお知らせしているので、よかったらたまに見てやってください。
書籍版二巻ですが、もうそろそろ電子版が先行配信されているはず!
紙のほうは5月20日発売!
・本編【大阪なにわダンジョン解放編】には書き下ろし三万文ほど加筆修正
・巻末特典SSは【イコマの休日】
・TOブックスオンラインストア限定特典SSは【イコマ、お好み焼きを量産する】
・電子書籍版限定特典SSは【ユウギリ・ビフォーアフター】
・新規イラスト化キャラはアダチさん、タマコちゃん、ユウギリ(前後)
・さらに巻末にあきづき弥先生のコミカライズ第一話をまるまる収録
三巻も出したい(敬語ショタ忍者タンバくんのイラストが見たい)ので、なにとぞご購入よろしくお願いいたします!!
マジで……マジで……!!




