17 凍り付いた街
蜘蛛の背に乗って辿り着いた札幌は、凍てついた真っ白な街だった。
倒れたビル、割れたアスファルト、崩れた民家……そのすべてが、雪に覆われ、凍り付いている。
――すごいわ。
残酷な滅びにこんなことを思うべきではないと、タマもわかってはいるが。
それでも、氷漬けにされた輝く街の美しさに、息を呑んでしまう。
年明け、真冬だからこその光景と言えるのかもしれない。
「除雪する人間がいないからさぁ。ボクだけじゃ、手が足りなくて」
「無理して除雪する必要もねえだろ、住んでる人間もいねえんなら」
「いやぁ、残った建物も雪の重さで潰れていくし、融けた雪が流れて木材や床下を濡らすと腐っちゃうし。できる限りやっておかないと、ボクが安全に住めるところも、どんどんなくなっちゃうの」
微笑んでそう言ったハルは「あ」と声をあげた。
「そうだ。札幌の地下街にはいかないでねぇ。水が溜まってる場所とかあるし、崩れやすいから」
「……なんで札幌に住みはるん? それこそ牧場とかのほうが住みやすそうやのに」
泊まった廃牧場を想定して聞いてみると、ハルは唇に指を当てた。
「うーん。いちばんの大都市だから、物資も多いし。……まあ、大半はだめになってるけど。それに、北海道で生き残りがいるなら、まずは札幌を目指すと思うんだぁ。だから、住める限りは、ここで生活するの」
「生き残りを出迎えるため、なんやね」
うなずくエルフを見て、タマは思う。
――やっぱりええひとやん。
ヤウシが雪道をシャカシャカ走って、大きな通りの中央に広がる公園のような場所に入った。
通りの正面には、斜めに傾き、中ほどで完全に折れた電波塔が見えている。
雪のせいでわかりづらいが、かなり広々とした道路と公園だったらしい。
公園のど真ん中には、複数の真っ白なテントが張られている。
「ここが拠点なの。左右の建物は軒並みダメだけど、真ん中ならがれきが崩れて潰される心配もないし」
「暖房はどうやってんだ。凍え死ぬだろ」
「基本は焚き火。テントはホムラセッコの毛皮で覆ってあるし、『温めて』ってエンチャントもかけてあるから、意外と寒くないんだよぉ」
「あのパクリ野郎とは別ベクトルの便利さだな。数でカバーするんじゃなくて、質を上げて対応するわけだ。……質を上げるって言えばよ」
レイジがわざとらしく片眉をあげた。
「竜を倒したんなら、魔石が出ただろ。使ったのか?」
ハルは首を横に振る。
「もったいないから、そのままだよぉ。倒す敵もいないしねぇ、いまのところは」
「ランクは? S級か?」
「さあ。ボク、『鑑定』持ってないからわかんない。魔力的にはB以上ありそうだけど」
ハルは防寒具のポケットに手を突っ込み、ジャラジャラ音を立てて拳を引き抜いた。
広げた手のひらの上には、魔弾がいくつかと、小さな黒い水晶玉がのっている。
――んん。
タマの角が、魔石に込められた力の大きさを感じ取る。
「Aランクやわ」
「札幌ってかなりの大都市だが、それでもSじゃねえのか。都市ごとのボスの選定基準がよくわかんねえな。タマ、てめえの角なら、なんかわかるんじゃねえのか」
「なぁんも、わからん」
「肝心な時に役に立たねえ角だな」
うっさいわ、と思うが、事実なのですねを蹴るくらいで許しておく。
がっ、と苦悶の声をあげてこちらを睨みつけるレイジを睨み返す。
――実際、私はまだまだ、この角を使いこなせてへんし。
角というか。『竜種』を、と言うべきか。
事実ほど言われてうっとうしいものはない。
特にそれが自分の実力に関することであれば、なおさら。
「ま、なんにせよ。今日はここで過ごすといいよぉ。もうすぐ日も暮れるしさぁ」
「そうだな。今日はそうさせてもらう。そんで、明日だが」
テントの前で止まったヤウシから飛び降りて、レイジがハルを見上げた。
「函館までこの蜘蛛……ヤウシを貸してもらいたい。いいか?」
「ヤウシがいいって言うなら、いいよぉ」
「え」
思わず声をあげてしまった。
怪訝な目で見るレイジに、タマはそっぽを向いて、言い訳をする。
「いや、せっかく札幌来てんから、ちょっといろいろ見て回りたいなって思っただけや」
「見て回るつっても、雪と廃墟しかねえぞ。それに……」
ちらりと、レイジがにこにこ笑顔のハルを見た。
「ゆっくりしていったらいいよぉ?」
レイジは目を眇めて、首を横に振った。
「ともかく、できる限り早めに発ちたい。補給と観光を含めて明日一日使って、明後日に発つ。それでどうだ」
「……わかった。それでええよ。ヤウシ、明後日、一緒に来てくれる?」
タマが問いかけると、イテツチグモはカチカチと顎を鳴らして肯定した。
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