16 幕間 堕竜と脱獄映画
本州旧奈良県区、古都ドウマン。
カグヤ朝廷による治世がおこなわれる、壊れた地球の自治区のひとつ。
その一角に、レンガで作られた古い建物がある。
かつては罪人が収監されていた刑務所――現在もまた、罪を犯した者が棲む場所。
ただし、棲む者は人ではない。
人類の敵、竜……堕竜ユウギリが、捕虜にされているのである。
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「なあ、タンバよ」
「なんですか、ユウギリ」
小さな角の生えた幼女、ユウギリが独房内のテレビを指さす。
映画のエンドロールが流れている。
「この映画、刑務所から脱走するやつじゃったが」
「はあ。そうですね」
応じるのは、タンバと呼ばれた少年。
生真面目そうな顔つきと、カグヤ朝廷兵部の戦闘服が特徴的。
テレビに繋いだプレーヤーで、名作映画を一緒に鑑賞していたのだが。
「コレ見てわらわが脱獄したらどうするんじゃ」
「いや、フィクションですからね、映画は」
「まあ、そうなんじゃが」
ユウギリは床に置いたDVDのパッケージを裏返した。
作品説明を指さす。
「ほら、ここ。『史実を元にした』と書いてあるぞ。わらわもコレで学んで、スプーンで壁掘って逃げるかもしれんじゃろ」
「あ、ホントだ。でも、ユウギリは脱獄できませんよ。この映画のキャラクターほど賢くないですもん」
「おっ、喧嘩かぁ?」
ユウギリはタンバの脇にぐりぐりと角を押し付けた。
タンバはうざそうにユウギリの頭を手でどかす。
「地味に痛いんでやめてください、その突起ぐりぐりするやつ」
「突起と呼ぶな! 角じゃぞ、竜の」
「めんどくさいな。折っときましょうか」
――つ、角を折る、じゃと!?
小さな両手で、あわてて頭部をおさえる。
「角折りはだめじゃ! そんな……いきなりそんなハードなプレイはだめじゃ! わらわのいちばん敏感な器官じゃぞ!? さすがにえっちすぎる! このすけべめ!」
「……あの、看守さん? なんか薄い読み物とか、読ませました?」
タンバが鉄扉の外に問いかけると、女看守から「太政大臣です」と端的な回答が返ってきた。
「レンカさんってば、もう。おもしろ半分で下ネタぶちこむんだから……」
「薄い本、すごいのう! 人体についてたくさん学べたぞ」
「学ばないでください、フィクションですから」
タンバは大きくため息を吐いた。
「これはあとでイコマさんに苦情入れとかないとですね」
「苦情を入れる先はイコマでいいのかのう……?」
イコマが困るのはいい気味なので、ユウギリとしては面白いが。
「しかし、脱獄かぁ。ロマンがあるのじゃ。看守との敵対、囚人仲間との絆、それからサイコパス囚人の襲撃……」
「最後のはいきなりホラーっぽくなるんで、やめてほしかったですけどね」
劇中では、サイコパス囚人が目を剥いて笑いながら主人公の仲間をスプーンでめった刺しにしていた。
ユウギリもビビッて漏らしそうになったが、我慢した。
スプーンにはいろいろな使い道があるのじゃな、と感心もしたが。
……そういえば、とユウギリは首をかしげた。
「これ、史実を元にしとるんじゃろ? この……シリアルキラー? とかいうやつ。こいつも史実におった、ということなのかのう?」
「……ええと」
そこで、鉄扉の食事トレイ用のスライドが開いて、女看守の両目が覗いた。
「タンバ隊長はお若いのでお知りにならないでしょうけれど、モデルは実在しますよ。青少年ばかりを何人も殺した、シリアルキラー。有名なひとです。ただ、この脱獄犯とは活動時期が違うはずなので、映画の演出として取り入れたのでしょうけれど」
「なるほどのう! 演出は大事じゃからな! わらわ、その点についてはプロじゃ」
「ド三流の悪趣味でしょう、駄竜」
「むうん……」
そう言われると、なにも言い返せない。
実際、演出を依頼した相手には、軒並み利用されたし。
利用しているつもりが、利用されていた……よく言えば共生関係だったが、ユウギリの在り方が未熟だった感は否めない。
共生というより、寄生。
ユウギリの能力を利用したいものたちに、寄生されていた。
――そうじゃったよなぁ。利用されて……タマコ、わらわを恨んでおるじゃろうなぁ。
ふと思い出す。
いつか、またまみえる日が来るかもしれない。
そのときまでに、ユウギリはもっと、人間を知らなければならない……と、思うが、いま考えることではない。
首を振って思考を振り払い、元の話題に戻る。
「アメリカは、やはり人の層が分厚いのう。日本にはおらんのじゃろ、こういうやばいサイコパス」
「いえ、日本にもいますよ」
女看守が即座に否定した。
「凶悪犯罪と呼ばれるものは、悲しいことですが、数十年に一度は発生しています」
「はえー。それじゃ、最近もおったのかのう」
「近年だと……そうですね。十年ほど前の、連続女子殺人事件ではないでしょうか」
タンバが手を挙げた。
「それなら、僕も知っています。コンビニのバイトが、仲良くなった女の子を何人も殺して、その……ご遺体をひどく損傷させたとかなんとか。テレビの特集で見ました」
恐ろしい事件があったらしい。
というか、テレビってそんなこと特集するメディアだったのか。
――いちばん恐ろしいのは、ふつうの人間かもしれんのう。
「ま、わらわは凶悪犯とは無縁じゃろうがな。この刑務所、わらわしかおらんのじゃろ? 脱獄するときも一人ぼっちじゃ。仲間との絆もないわい」
リモコンをつついてエンドロールをぶった切る。
タンバがいるときは、映画も最後まで見せてもらえることが多い。
それが優しさなのか、タンバなりの考えなのかは、知らない。
「ユウギリの場合は、外のほうが危ないですからね。脱獄なんてするべきじゃないですよ」
「……外のほうが危ない? なにを言うとるんじゃ、貴様」
呆れ顔で横を向くと、タンバは完全な真顔だった。
「女装したり全裸になったり粘液まき散らしたりする戦闘力が異様に高いおっかない『複製』使いのお兄さんと、素早くて薙刀の達人で敵対者への殺意が異様に高いおっかないお姉さんが、嬉々として追いかけてくることになりますけど……それでも脱獄したいですか?」
「外、こわ!」
★マ!
本日からコミカライズ版がTOブックス公式マンガサイト『コロナEX』さんで連載開始です!
コミカライズしてくださるのはあきづき弥先生です!
めちゃくちゃかわいく&かっこよく描いていただいております!
ぜったい読んでくれよな!
詳しくは作者ツイッターにて。




