15 試し
タマの角、竜の知覚は、五感のどれにも属さない。
神秘の在り方を直感的に理解する第六感ともいえるものだ。
だから、遠くから見ただけでも、よくわかった。
――ふたりとも本気やない。
斜めに傾いた電信柱に座って、ハルとレイジの立ち合いを観戦した。
あの距離なら、レイジが有利だろうと思ったが、ハルの落ち着きようは並大抵のものではない。
恐怖を感じないのだろうか、と思うほど、いつも通りの笑顔だった。
冷や汗すら流さない胆力は、見事の一言に尽きる。
――パパもかなりの狸おやじやったけど、それ以上やわ。
やはり竜殺し。
イコマもなかなかだったが、ハルからは底知れないなにかを感じる。
――と、思ってしまうんは、レイジさんがヘンなこと言うたからやな。
唇を尖らせて、電柱の雪を蹴り落とす。
あの小心者が必要以上にハルを怖がるから、めんどうなことになった。
これでハルが怒って、ふたりを置いていってしまったらどうする気なのか。
というか、よくしてくれた相手を疑うなんて、やっぱり失礼だと思う。
――謎や、隠し事なんてさ。だれにでもあるやろ。
善人か悪人かにかかわらず。
電柱から飛び降りて、廃屋に戻る。
レイジとハルもちょうど戻ってきたところだった。
ハルがにっこり笑って、タマに言う。
「タマさん、ひどいよぉ。試すなんて」
「ごめんなさい、ハルさん。そこのアホが警戒しろとか言うから、そんなに疑うんやったら直接聞いたらええやんって」
もっとも、うそを吐く相手に直接聞いても、またうそを吐かれるだけだ。
だから、まっとうじゃない状態で問うことにした。
うそを吐けない極限状態……戦闘中に。
ただし。
――ちょっと不意打ちで脅かして様子見るだけ。その予定やったのに。
あそこまで殺意をまき散らせ、とは言っていない。
タマは半目でレイジを見た。
「……ほらな。言うたやろ」
「うるせえ。悪かったな」
レイジは苦々しげに顔をしかめて、廃屋に入る。
「荷物とってくる。もう出発だろ。タマ、おまえも」
「わかった」
「ボクはヤウシを起こしてくるねぇ。ついでにコレあげてくる」
ハルが笑顔でホムラセッコの死体を引きずっていく。
ヤウシは少し離れた場所にある大きめの車庫で寝ているはずだ。
タマはハルの背中を見て、はあ、と息を吐いた。
「……ほんまに無駄な時間やったな。でも、これではっきりした」
「まだ安心できねえ。おれのほうに来ただろ」
「それがなんなん?」
「ちょっとは自分で考えろ、クソガキ。ふつうの人間なら、てめえのほうに行く場面だったんだよ。わざわざおれのほうに来たっつうことはだな――」
――めんどくさ。
タマは素直にそう思って、レイジの言い訳がましい言葉をぶった切った。
「怖がってただけやろ、ごちゃごちゃ抜かすなや。殺すつもりやったら、とっくに殺されとる」
「殺したくない理由があるのかもしれねえ。生きてねえと目的を果たせない、とかよ」
目的。
――目的、なぁ。
タマは視線を鋭くした。
「アンタはどうなん」
「……あァ?」
問う。
「目的を果たす気ィ、まだちゃんとあるか? 最近のアンタ、なんでもかんでもビビり散らす三下や。なあ、おい。――覚悟、あるんか?」
タマの周囲の雪が、どろりと崩れ出す。
竜の憤りが、熱となって周囲に放射されているのだ。
レイジが数歩後ずさった。
「クソガキ、てめえ」
「覚悟はナマモノなんやろ? 半年前のあの覚悟。ヨシノさん生き返らせて、その手で殺されるっていう、あたまおかしい目的を果たす覚悟は、もうないんちゃうか?」
じり、と一歩近づく。
蒸気を纏い、自分よりはるかに背の高いレイジを睨みつける。
「ないなら、いまここで私が終わらせたろか?」
ぼう、と唇の端から炎をこぼす。
いつでも焼き殺せる。
そういうポーズ。
「ないように見えるか、クソガキ」
「見えるから言うとんねん」
レイジは、冷や汗だらけになりながら――ぎろりとタマを睨みつけた。
「覚悟するのはてめえだ、クソガキ。親父同様首落として殺してやる。おれァ、ヨシノ以外に殺される気はさらさらねえんだからよ。邪魔するやつは、だれだってぶっ殺す」
そう言った。
だから。
「そか。ほんならええわ」
タマは炎と熱をあっさりと引っ込めた。
「……あ?」
最初から、焼くつもりなんてなかった。
ポーズは、ただのポーズだ。
拍子抜けした顔のレイジに、半目で告げる。
「極限状態なら、うそは吐けへんねんやろ。その覚悟、信じたる」
レイジは一瞬あっけにとられたあと、忌々しそうに唸った。
「おれを試しやがったな、クソガキ! ……つか、おまえ。口からしか火ィ出せないんじゃなかったのか。なんだいまの発熱。新技か?」
「ふん。私かて、日々成長しとんねん」
★マ!
来週ワクチン三回目があるので、その前後で何日かお休みするかもかもかもです。
書き溜め作れたら途絶えず更新します。




