14 不意打ち
ハルはぱっちりと目を開く。
起床の時間だ。
場所は海沿いの小村跡、崩れた廃屋。
旅程も三日目に突入して、時刻は早朝。
今日で札幌に到着する予定なのだが。
――あれぇ?
目覚めて、すぐに気づく。
隣の寝袋にくるまっていたはずのレイジがいない。
タマも、気配がない。
ふたりして同時に姿を消すというのは、解せない。
――こういう場合は、行き先を告げてから行動するのがふつうだよねぇ。
サバイバルの基本だ。
昨日、薪を拾いに行くときも、お互いに見える範囲で行動したし、なにをしに、どこへ行くか、必ず報告していた。
今朝はそれがない。
ハルを起こさないように、こっそり出たわけだ。
つまり。
――なにか、ふつうじゃないことが起こっているか。あるいは、ふつうじゃないことを企まれているのかなぁ。
ライフルを掴んで、廃屋の外へ出る。
寝ているあいだにまた雪が降ったらしい。
廃屋周辺には分厚い雪の壁が出来上がっていたが、どこにいったのかはすぐにわかる。
『竜の呪い』とやらに侵されたタマほどではないが、『エルフ種』の感応能力は高い。
生き物の気配がする方へ足を向ける。
すぐに、雪上に足跡を見つけた。
ふたつ、別方向へ伸びている。
――大人サイズのサバイバルシューズがレイジさんだねぇ。ちっちゃい素足はタマさんだ。素足って、どうかしてるよねぇ。
身体性能が現実離れしている。
ハルの見立てでは、性能でいえば、ハルよりもレイジよりもタマが上だろう。
ただし、単独行動で生き残るのはレイジのほうだよねぇ、とも思う。
レイジだって、別に弱いわけではない。
モンスターに襲われて窮地に陥るような弱者ではないし、サバイバルの知恵もある。
どちらの足跡を追うかは、すぐに決まった。
――うん。レイジさんのほうだなぁ。
大きい靴跡を辿る。
雪上に続く足跡を、ぐしゃぐしゃに崩れた古民家の角を曲がるところまで追って、
「……お?」
ハルの耳がぴくりと動き、なにか小さな音を察知した。
とっさに上を見て、気づく。
――屋根の上!
不意打ちだった。
鞘付きの剣の刺突が、たしかな力と速度をともなって、ハルに降ってきていた。
素早く転がって避け、ライフルを構える。
「ちィ!」
「あはは! いきなり、びっくりだぁ!」
防寒具を雪塗れにしながら、トリガーに指を添えて微笑む。
「レイジさん。どういうつもりかなぁ?」
不意打ちを仕掛けてきたのは、レイジだ。
大柄な男は目を眇めてハルを見た。
「どういうつもり、なぁ。そりゃ、こっちのセリフだぜ。どういうつもりだ?」
「なにが?」
「地下室の死体を見たぜ。ありゃ、餓死じゃねえ。昨日一日考えたんだがよ、やっぱり直で聞くのがいちばんわかりやすいだろ」
「あちゃー」
――やっぱり、見てたんだぁ。あそこに泊まったのは、失敗だったねぇ。
いつもこうだ、とハルは内心で舌を出す。
行き当たりばったりで行動して、失敗してしまう。
そういう性格なのは、自覚しているのだが……どうにも治せない。
「あの死体はなんだ? なにを隠してる? てめえの目的はなんだ? おれたちをどうする気だ?」
「質問いっぱいは混乱するからやめてよぉ」
矢継ぎ早に繰り出される質問のあいだも、レイジは剣を構えたまま。
もちろん、ハルもライフルを構えたまま。
この距離なら、ライフルの最大の利点、遠距離戦ができない。
――足跡はブラフだねぇ? 角を曲がったところで雪の上に乗って、伏せてたんだろうなぁ。ううん。やっぱり、疑り深いなぁ。
近距離戦に持ち込むため、こういう手段をとったのだろう。
「初日に言ったでしょお? ボクにだって、言えないことはあるんだよ」
「真意を教える気はねえってか」
一瞬、レイジの殺意がざくざくとハルの肌を刺して切り刻んだ。
――わあ。すごい殺意だなぁ。
ハルはいっそう微笑みを濃くした。
どれだけの殺意を浴びてもトリガーを引かないハルを見て、レイジは嘆息して殺意を収めた。
「……本気じゃねえよ。鞘も付いたままだしな」
「またまたぁ。その気になればいつでも抜けるでしょ? 鞘なんてさ」
「ああ。だから……おれをその気にさせるなよ、エルフ女」
笑うハルに、レイジは唇を横一文字に引き結び、渋い顔をした。
「おれァ、無事に本州に渡れれば、それでいい。悪いが、変な策謀巡らせる女にはいい思い出がなくてな。どうしても警戒しちまうんだ。いっそ殺しとくかって思うくらいによぉ」
「それは危ないなぁ。レイジさん、ちょっとおかしいとこあるよねぇ」
「てめえに言われたかねえよ。どういう家で育ったら、そんなに殺意に慣れるんだ?」
――育ちのこと言う男のひとって、ボク、嫌いだなぁ。
ハルは目を細めて、トリガーを引いた。
炸裂音と共に、弾丸がレイジの頭の横をかすめ……遠方の屋根の上で、雪に紛れてこちらを伺っていたホムラセッコの胴体に穴をあける。
人間の気配を感じて、群れが近づいてきているらしい。
「安心していいよぉ。ボク、レイジさんが無事に本州に渡れるよう、お手伝いするからさぁ」
笑顔で告げるが、やはり、レイジは笑い返してくれなかった。
★マ!