12 旅路、二日目
翌朝、三人は屋敷から出た。
雪は積もっているが、ヤウシならば問題なく走れる。
「じゃ、行こっかぁ。札幌目指して」
ハルが口笛を吹くと、牛舎からヤウシの白い胴体が覗く。
のそのそと牛舎から出てきたヤウシは、真っ白な複眼で三人を見て、ぺこりと頭を下げた。
タマもおじぎを返しておく。
――あたまええ蜘蛛やなぁ。
昨日も思ったが、今まで見てきたどのモンスターよりも聡い。
「……と。わりぃ、忘れもんしたわ。すぐ戻ってくるから、待っててくれ」
荷物を積んで、いざ出発……というとき、レイジがきびすを返して屋敷へ戻り始めた。
「ボクも一緒に探すよぉ?」
「いや、大したもんじゃねえんだ。タマを見といてくれ」
「……わかった」
タマは驚いて、少し目を丸くする。
――私を見といてくれ? なにそれ。
小さい子を見ておいてくれ、という文言自体は理解できる。
だが、レイジがそんなことを言うのか?
当たり前の気遣いを、これまでの旅路で一度も見せなかったこの男が。
――ひとって変わるんやなぁ。
正直、おもしろくない。
タマは唇を尖らせた。
レイジに付き添うのは、父を殺した悪党の最期を見届けるためだ。
あるいは、父を殺すよう頼んだ自分自身のけじめをつけるためかもしれない。
――他人を気遣うような、まっとうな人間になってもうたんやったら。
いっそ。タマの手で最期を渡してやるべきかもしれない。
そんな考えが一瞬頭をよぎり、しかし、タマは首を振ってまとわりつく思考を振り払った。
「どうしたの、タマさん。急に首振って」
「……レイジさんは、あほやし、大人げない」
「悪口はよくないよぉ?」
――けど、頭が悪いわけやない。
タマはひょいと跳んでヤウシの鞍に乗った。
「ハルさん、今日はどのあたりまで進む予定なん?」
「ヤウシの調子次第だけど、札幌まであと半分ってところまでは行きたいねぇ」
カチカチと顎を鳴らすイテツチグモは、機嫌がよさそうに見える。
タマは手を伸ばして、そっとヤウシの体を撫でた。
甲殻に生えた白い産毛が、ふわふわしていて気持ちいい。
「……うん。調子、ええみたい。今日は私にも緊張してへんし、ホムラセッコいっぱい食べたから体力もいっぱいやねんて」
「あはぁ。やっぱりなまらすごいねぇ、タマさんは。その角の呪い、便利やねぇ」
便利と言われると、苦笑するしかない。
――ハルさん、ええひとなんやけど、ちょっと空気読めへんよな。
いつもにこにこ笑顔だから、なんとなく許してしまうが。
エルフの外見の影響もあるかもしれない。
神秘的な美貌が、垣間見える言動の不確かさを補正しているのかも。
もしもタマの父がこういうデリカシーのない発言をしてきたら、一週間は無視してやることになるだろう。
「待たせた。もういいぞ」
馬鹿なことを考えていると、レイジが雪を踏んで戻ってきた。
目で問いかけると、両手が剣になってしまった男は、唇をゆがめて笑った。
目的は果たしたらしい。
「忘れもんて、なんやったん?」
「昨日の夜、裏口の雪に埋めといたんだ」
鞘付きの剣の先にぶらさげてあるのは、透明なポリ袋だった。
霜のついた赤いブロックが詰め込まれている。
「食べきれなかったマグロの一部だ。こんだけしっかり凍らせりゃ、数日はイケんだろ。ワンチャン本州に持って帰れる。……両手がコレなもんで、ちょっと時間がかかっちまった。悪いな」
「おみやげ作っとったんか。自分用に。せこいなぁ」
「てめえのぶんもあるっつの、クソガキ」
「ねえ」
ハルが首をかしげて微笑んだ。
「合理的に考えて……それ雪から掘りだすの、タマさんのほうが良かったんじゃないのぉ?」
「ほら。レイジさんは、あほやから」
「なんだクソガキ。いきなり喧嘩売ってくんじゃねえ。ったくよォ」
ぶつくさ言いつつ、レイジもヤウシによじ登って、タマの隣に座った。
――ん。臭う。
ようやく、レイジの狙いに気づく。
地下の死体を見に行っていたらしい。
死臭が少しだけレイジに移っていて、それが鼻についたのだ。
ハルに隠れて見に行った理由は不明だが、隠すだけの理由が、おそらくある。
タマは黙って「ふん」と鼻を鳴らした。
――あ。この仕草、レイジさんのや。
イヤな仕草が移ってしまった、とタマは顔をしかめて、パーカーのフードをかぶった。
人間が三人と蜘蛛一匹しかいないのに、どうやら、レイジの中ではなにかしらの思惑が動き始めているらしかった。
――めんどうやな、人類って。
「タマさん?」
「ハルさん、すんません。私、もうちょっと寝ててええかな」
「いいよぉ。寝る子は育つっていうもんねぇ」
「クソガキ、角にモンスターの反応あったら起きろよ」
「起きれたら起きるわ」
「起きねえやつの常套句じゃねえか」
「あはは。いいねえ、ふたり。仲良くて」
仲は良くない。半年も一緒にいたから、慣れてしまっただけだ。
ハルの手綱にあわせて、ヤウシがしゃかしゃかと走り出す。
タマが目を閉じてじっとしていると、しばらくしてから、ハルがぽつりと言った。
「ボクも本州に行こうかなぁ」
★マ!




