11 覚悟はナマモノ
看守から逃げられる速度を与えられた。
攻撃力を補えるエンチャント能力を与えられた。
けれど、攻略に十分な強度は与えられなかった。
だから。
「耐久力を、人間の数で補ったわけだ。合理的だな。強い盾職がいねえなら、枚数を増やすしかねえ」
レイジが淡々と言った。
「わからねえ話じゃねえが、大変だっただろ。勢い込んで『自分が犠牲になる』って覚悟したところで、その覚悟ってやつは長続きしねえ。覚悟した瞬間がピークだ。徐々に徐々にすり減って、当日は逃げ出す奴も多かったんじゃねえのか?」
「そうでもないよぉ。背水の陣だったからねぇ」
タマが首をかしげる。
「覚悟って、減るん?」
「大阪の雑魚剣闘士どもをおぼえてるか? あいつらだって、最初は竜を倒すって意気込んでたはずだろ。命懸けで挑んでやるってな」
「……あー、そういう」
言われてみれば、そうかもしれない。
タマは思う。
――最初から最後まで、覚悟が決まってたんは……パパだけやった。
少なくとも、タマからはそう見えた。
「覚悟ってのはナマモノなのさ。マグロと一緒だ。いちばんうまい瞬間を過ぎれば、時間ごとにまずくなる。特に自分の命を懸けるなら、なおさらだ。一分一秒、命が続くごとに、死への恐怖を意識する時間も長くなるからな」
「合理的じゃないよねぇ、人間のそういうところって」
ハルの言葉に、レイジが薄く笑ってうなずいた。
「そうだな。合理的じゃねえ。感情的だ。そして感傷的でもある」
「なんなん、その言い回し。気取りすぎちゃう?」
「うっせえ、クソガキ」
タマの軽口に言い返して、レイジはハルを見据えた。
「ところでよ。竜を倒した『とっておきのお願い』ってのは、どういうエンチャントなんだ? 竜を殺すほどの威力だ、ただの銃弾じゃねえだろ」
「ボクが込めたお願いはね、『殺して』だよ。当たったら、死ぬ弾丸」
あっさりと告げられた言葉に、レイジが渋い顔になった。
「……冗談だろ? そういうお願いは魔力消費がけた外れになるって、てめえ言ってたじゃねえか。もし事実だとしたら、とんでもねえチート能力だ」
ハルは微笑む。
「たしかに、莫大な魔力を消費するエンチャントだよぉ。だけど、魔力の代わりになるものもあるんだぁ。代表的なのは、魔石かなぁ」
「魔石って、スキルを強化するアイテムだろ。そういうほかの使い方できんのか?」
片眉をあげるレイジに、マグロの刺身……というか、切り身にかぶりつきながら、タマが答えた。
「魔石はスキルと一緒で、想像力のリソースやから。底上げが必要やで」
「詳しいねぇ、タマさん。それも『呪い』の影響?」
うなずく。
――でも、竜に通じるレベルの奇跡なんて、それこそSランクオーバーの魔力が必要なはずやけど……魔石何個使ったんやろ。十個? 二十個?
相当な数の魔石を使ったのだろうな、とぼんやり思う。
――うん?
そこで、引っかかった。
タマはマグロから視線を上げて、ハルを見た。
笑顔だ。にっこりと微笑んでいる。
「あの、ハルさん。中ボスって……」
質問をしようとしたところで、タマの皿にマグロの塊がどんと投下された。
レイジの剣先で切り取られた、大トロの部分。
ランプに照らされた脂がてらてらと輝いている。
「おらクソガキ、これも食え。残すのはさすがにもったいねえ」
「……私、大トロより中トロのほうが好きやねんけど」
「じゃあ中トロも食え」
さらに追加される。
――なんや。話の途中やのに。
むくれながら、大トロにもかじりついて、頬をほころばせる。
――北海道のごはんは美味しいってテレビで言うとったけど、ほんまなんやなぁ。
★マ!
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