10 札幌ダンジョン
ハルは思い出す。
ケイドロ……警察と泥棒。
シンプルなルールだった。
「アレか。警察と泥棒に別れて遊ぶやつ。助け鬼だよな? 鬼……警察は泥棒を全員捕まえたら勝ちで、泥棒は……」
レイジが首をかしげた。
「……泥棒側って、どうしたら勝ちなんだったっけな」
「休み時間いっぱい逃げ切ったら勝ちやろ」
「学校の休み時間なら、そういう決め方になるんだろうがよ。ダンジョンでは、どういうルールだったんだ? そもそも、人間と竜のどっちが泥棒だったのかもわかんねえし」
「竜が警察側だよぉ。で、人間が泥棒側だったの。捕まって一時間以内なら助けられるっていうルールでねぇ」
ハルはマグロのステーキを箸で割って口に運び、舌鼓を打った。
――自分でやるより、美味しいねぇ。
やはり知識のある人間はいいな、と思う。
食えればなんでもいいが、美味しいに越したことはない。
「札幌ダンジョンはねぇ。雪の積もる大監獄でさぁ」
「大監獄? 札幌なのにか? 北海道で刑務所つったら網走だろ」
「札幌にだって刑務所はあるよぉ。むしろ、女子刑務所は札幌にしかなかったりするし。道内の刑務所はぜんぶ札幌矯正管区だよぉ」
「詳しいな、おまえ」
「えへへぇ」
札幌大監獄ダンジョン。
迷路のように入り組んだ通路には、どうしてなのか、雪が積もっていた。
足場が悪くて走りにくい場所を、警察……というか、看守型モンスターから逃げ回りながら、竜の討伐を目指すダンジョンだったのだ。
「看守の目をかいくぐって監獄最深部の竜の部屋に辿り着き、監獄所長である竜を倒して、晴れて大監獄を出所……ていう流れなの」
ダンジョンの入り口は、札幌大通りの端に設置された巨大で重厚な鉄扉。
その鉄扉を抜けると、雪の積もる大監獄内部に招待される。
「両側に独房が並ぶ通路で出来た迷路を、ずぅっと進むだけのダンジョン。ところどころの看守室には看守長がいてねぇ、倒すと魔石がもらえるの。プレイヤーが捕まるたびにダンジョンの形が変わる仕組みだから、出口の近くでも安心できないの」
襲い掛かってくる看守は、揃いの制服を着た体長二メートルほどの真っ黒なマネキン型モンスター。
ステータスでいえば、オールC程度の相手。
武器は警棒のみで、決して倒せない相手ではなかったが、倒してもいつの間にか復活しているし、数も多いから、危険を冒してまで戦う理由はほとんどなかった。
それらを率いる看守長は三メートルほどの大きさで、ステータスはBランク相応。加えて、Aランクの特技……魔法や格闘術などを駆使してくるので、厄介だった。
看守長をすべて倒すことで、監獄所長の座す所長室への扉が開く……というわけだ。
「プレイヤー……捕まった人間は、どうやって助けるんだ?」
「通路両側の独房のどこかに閉じ込められているから、見つけて、鍵を開けるの。鍵は看守長が持ってて、ぜんぶで六種類だったかなぁ。ダンジョン広いから、あんまり見つけられないし、見つけても持ってる鍵と扉が合わなかったら解放できないんだぁ」
「ややこい。むずかしそうなダンジョンや」
タマが眉をひそめると、レイジが剣の先でマグロステーキを切り分けて言う。
「攻略法はいくつか思いつくな。おれはそもそも挑まねえがよ。通路が変形するダンジョンは嫌いだ」
「……せやな。私もきらいや」
――レイジさん、挑まないんだぁ。へぇ。
関東大ダンジョン圏に挑んで、北海道に飛ばされてきたはずだ。
なのに、ダンジョンには挑まないと言う。
――事情があるんだろうなぁ。聞いてもいいのかなぁ。わかんないなぁ。
ハルはにこにこ笑いながら、思う。
――このふたりは、待ってるひととか、仲間とか、いるのかなぁ。いないんだろうなぁ。
だって、そういう臭いがする。
タマの呪い。レイジの性格と両腕。
――厄介事の臭い。厄介者の、臭い。
孤独と疎外の、すえた臭い。
鼻つまみ者から漂う、人間社会に馴染めなくなってしまった者たち……同族の臭い。
――どうしようかなぁ。
ハルの悩みをよそに、タマはレイジに向かって首をかしげる。
「レイジさんの思う攻略法って、どんなん?」
「軍勢を率いていれば、なんとかなるタイプだ。看守はステータスはそう高くないし、倒せるんだろ? だったら、物量で押し流すのがいちばん楽だ。古都みたいに軍隊があるなら、それでいける」
「北海道には軍隊なんかないやろ」
「軍隊とまではいかなくても、犠牲前提で人数揃えりゃ、それだけで攻略は楽になる。看守たちから逃げ回り、攪乱する……いわば囮役の頭数を揃えて、本命の戦士たちを中ボス、大ボスまでしっかり送り届けられればいいわけだ。戦士を先に行かせるために、わざと捕まったりするのもありだな、いっそ」
レイジが剣の切っ先に突き刺したマグロステーキを噛んで、ハルを見た。
睨むでもなく、笑うでもなく、ただ見る。
「エルフにされたアンタが本命の戦士。そんで、それ以外の人間が囮役。『なにか意味のある死に方をしたい』……やけになって、そう願った札幌近郊集落の人間どもは、そういう戦略をとった。違うか?」
ハルもまた、マグロステーキを咀嚼して微笑んだ。
「そうだよ。あたりぃ。ボク以外が犠牲になっているあいだに、ボクが攻略を進める作戦だったの」
★マ!
今日から毎日更新再開のつもりです!
書き溜めはない(絶望)




