9 廃牧場にて
ハルに案内された廃牧場は、積雪の影響が薄いようだった。
といっても、膝くらいまでは余裕で埋まってしまうが。
半分崩れた牛舎を横目に、牧場主が住んでいたのであろう、大きな家に向かう。
――ほんまに入り口が二重になってる! テレビで見たやつや!
と、内心でテンションをあげるタマを尻目に、ヤウシは牛舎の横っ腹に開いた穴から中に入り込んだ。
牛舎内で寝るつもりらしい。賢い蜘蛛だ。
レイジがサバイバルシューズの雪を落として、雪原を睨んだ。
「雪用の装備がねえ。家の中に残ってりゃいいんだが」
「いくらかはあったと思うよぉ」
「……そうか。ここを知ってるってことは、一度は来たことがあるってことだよな。探索済みってわけだ」
ハルがにっこり笑ってうなずいた。
「ちょっと前まで、生き残りが住んでたから。モンスターが入り込まないように、隙間も窓も潰してあるから、安心してねぇ」
「いいじゃねえか、漁らせてもらうぜ」
のそのそと家の中に入って、すぐにタマは顔をしかめた。
――臭い、する。
角と鼻に、強く訴えかけるものがあったからだ。
「どした、クソガキ」
「ひと、死んでる臭いする」
「あァ? 血の臭いか?」
「ちゃう。死んでるっていう臭いや」
「死臭ってやつか。おい、ハル。どういうことだ?」
ハルは上着を脱ぎながら指を下に向けた。
「うん。地下室。四人いるよぉ」
レイジが眉をひそめた。
「ちょっと前まで住んでたって、そういう意味かよ。死因は?」
「餓死だと思うよぉ」
淡々と話す二人に、思わず挙手する。
「……あの。埋葬とか、せえへんのですか?」
「埋葬?」
ハルが首をかしげた。
「なんで?」
「なんで、って……」
タマが言いよどむと、レイジが鼻を鳴らす。
「案外ドライだな、てめぇ。他人は他人ってか」
ハルは微笑んだ。
「それ、あたりまえのことだよぉ? 他人は、他人。ボクは、ボク。なにかおかしいこと、言ったかなぁ。ごめんねぇ、昔から、共感力? ていうのが低いって、通知簿にも書かれててさぁ」
「ま、このご時世だ。そういう生き方の人間ほど生き残れるってもんだろ。他人を優先する行動なんてのは、他人を優先できる余裕のあるやつだけの特権だろうな。ましてや死者だ」
――アンタがソレ言うん? 余裕なんてひとつもあらへんのに、死者のために行動してるアンタが。
タマはそう思ったが、言わないでおいた。
言えば、多様な言葉で大人げなく反論されるだろうから。
この数か月で、タマはレイジがどういう男か、よくわかっていた。
――レイジさん、頭は悪くないけど、あほやし、大人げないんよ。
頭の回転そのものは早いし、知識もあるし、口もよく回る男だ。
だが、プライドが高い上にプライド優先で物事を考えがち。
口喧嘩や屁理屈では、まず勝てない相手である。
タマが手を使った細かい作業を担当せざるを得ないため、向こうもそれほど強くは接してこない関係性だが。
――共生なんかな、これも。
ハルとヤウシの関係に近いのかもしれないと、ふと思う。
互いの目的のため、提供できる技術と力を共有するわけだ。
ともあれ。
「私、ここで寝るん、いやや。角がぴりぴりする」
「感覚が強すぎるのも面倒だな、クソガキ。どうする? 外で蜘蛛と寝るか? おまえなら牛舎でも寒くはねえだろ」
首を横に振って否定の意を示す。
「ヤウシが緊張して眠れんようになると思う。背中に乗ってるときも、ずっと緊張してたみたいやし。近くにはおらんほうがええやろ」
「……まあ、蜘蛛から見りゃ、仔竜であっても竜のうちか。しょうがねえ、どっか死臭の薄い部屋探せ。おいハル、飯はどうすんだ?」
「リビングに暖炉あるの。そっちで羽マグロ捌いて焼くよぉ。ふたりは寝床作っておいて」
おう、とレイジが返事をして、ふたりで家の中を探索した。
結局、タマは屋敷の二階で眠ることにした。
地下室から遠ければ、死臭もマシになる。
二人分の寝袋を広げてリビングに戻ると、ハルが床に転がした羽マグロにナイフを突き立てているところだった。
レイジが表情をしかめる。
「荒っぽいな。おれが斬る」
「口に入ったら一緒だよぉ?」
「てめえ、妖精みたいな見た目のわりに、いろいろ雑だな……。いや、雑なやつが、その見た目を押し付けられただけか。おいタマ、調理器具出しとけ」
双剣の右側の鞘を口で外して、レイジはすぱすぱとマグロを斬る。
硬い皮と骨を持つマグロだが『剣術:A』の前には無意味だ。
レイジに命じられるまま、タマはアウトドア用コンロでフライパンを熱し、分厚く切ったマグロの腹側の身をソテーする。
料理に関しては、レイジに素直に従うことにしていた。
「タマちゃん、上手だねぇ。レイジさんにお料理ならってるの? レイジさん、お料理できるひと?」
「天変地異の前は飲食でバイトでやってた。つっても、大した店じゃなかったけどな。A大村じゃ、部下に任せきりだったし、両手が落とされてからは自分じゃできねえ」
「だから私がやってるん。言うとおりに作っとけば、美味しくなるし」
――これも、共生。
レイジとタマの。
人間と、仔竜の。
いびつな共生だ。
タマは小さく笑って、調理を続ける。
レイジのことは嫌いだが、この関係性そのものは嫌いではなかった。
皿にマグロのソテーを盛ったところで、ハルが「こほん」と咳ばらいをした。
「それじゃあ、食べながら、続きを話すねぇ。ええと……」
「竜に会ってエルフにされたところから、だ」
「そうだ、そうだ。それじゃ、そこから」
ハルは微笑んだ。
「札幌ダンジョンはねえ、ケイドロがルールだったの」
★マ!




