8 魔弾
話の途中で、ふいにハルが視線を上げた。
「ごめんねぇ、ちょっと待ってねぇ」
背負っていた真っ白なライフルを素早く構えて、空へ向ける。
タマの隣で、レイジが夕焼けを睨む。
暗くなりつつある空に、ちらほらと影が浮いていた。
「鳥か。食料か?」
「鳥じゃないよぉ。でも、食料なの。耳、ふさいどいてねぇ」
タマとレイジが言われた通りに耳を両手で覆う。
直後、炸裂音と共に空気が振動し、遠くで鳥が落ちた。
――すご。いっぱつや。
かなり距離があったのだが、見事に当てた。
「ヤウシ、あっち。回収しにいかなきゃ」
ヤウシが少し進路を変え、雪原を駆けていく。
「いまのも『狙撃術』の補正か」
「うん。すごいでしょ」
「ああ。だが、ただの狩りにもライフルを使うのは、もったいなくねえか。弾はどうしてるんだ? ……無限に増やせるスキルでもあるのか?」
レイジが顔をしかめながら問うと、ハルはにっかり笑って首を横に振った。
「そんなずるいスキルあるわけないよぉ。マタギのお店や家から、片っ端から回収して使ってるの。節約して、なんとかって感じ」
「節約?」
ハルはジャケットの胸ポケットから、予備の弾丸を取り出した。
真鍮色の弾丸が、うっすらと青く発光している。
――魔力や。
魔力が込められているのだと、一目でわかる。
驚くべき光景だが、レイジもタマも、いまさらこの程度で驚いたりはしない。
特にタマは竜だ。角の感覚が、目の前の魔力に込められたものを、直感で理解する。
「『まっすぐ』……て、弾丸が言うてる」
ハルが目を丸くした。
「すごおい、タマさん。よくわかるねぇ、見ただけなのに。ボクの狩猟用の弾丸には、『まっすぐ飛ぶ』エンチャントを付与してるのぉ」
「エンチャントってのは、なんだ? 魔力の直感的な操作ってやつか?」
「そう。お願いしながら魔力を込めるとねぇ、そのお願いが叶うの。できるのは、簡単なお願いだけだし、影響も軽いんだけどねぇ。複雑なお願いを込めると、魔力消費がけた外れになって、ボクが倒れちゃう」
特定の指向性を込めた魔力を与えることで、弾丸が比較的まっすぐ飛ぶようになる……ということらしい。
レイジが鼻を鳴らした。
「百発百中なわけだ。『狙撃術:A』と、弾丸まであるんだからよ」
「でしょお? 魔力がいっぱい必要だから、一日に三発くらいしかエンチャントできないんだけどね」
「竜もそれで倒したのか」
「うんっ。とっておきの『お願い』を込めた弾丸を使ったよぉ」
ハルはタマを見て、微笑んだ。
「でも、ほんとうにタマさん、よくわかったねぇ。それも『呪い』のせい?」
「……そうです」
――呪い、か。
タマはうなずきつつ、思う。
父親とユウギリに呪われたと、そう言っていいのは、事実だ。
レイジの機転を利かせた嘘は、なかなか的を得ていた。
だが、父親……アダチにとって、この『竜種』という呪いは。
――パパにとっての『お守り』やったんやろな。
我が子に無事であってほしいという、想い。
加護や祝福と言い換えられるような、願い。
タマは唇の端っこを歪めて、皮肉っぽく笑った。
「呪いも役に立つこと、あるんですわ」
言うと、隣でレイジが鼻を鳴らして、しかしなにも言わなかった。
ヤウシが足を止める。
撃ち落とした獲物のところに到着したのだ。
「……なんなん、これ。さかな? とり? なに?」
雪の上に落っこちていたのは、鳥ではなく魚だった。
タマが両手を広げるよりも大きくて白い翼をもつ……マグロだ。
どう見てもマグロだ。
白い翼に真っ黒な背中のコントラストが、違和感ありまくりである。
「なんでマグロが空飛んでんだよ。エラ呼吸どうなってんだ」
「浮袋に酸素溜めてるみたい。海岸沿いを飛んで、空中の虫とか食べて、海に戻るの。面白いよねぇ」
「何類だ、この生き物……」
「今日、お寿司?」
「お米がないから、お刺身だよぉ。あとステーキ。豪勢だねぇ」
ハルが空を見上げた。
夕景は、少しずつ黒い色になりつつあった。
「もうちょっと行ったら、牧場跡があるから、そこで一晩しのごっかぁ」
★マ!
多少用事が落ち着いて来たので、四月最終週あたりから毎日更新再開できるようがんばっていきます。




