7 北海道回想
北海道の大自然は、過酷の一言に尽きた。
二年前の春、天変地異に次ぐ竜の襲来によって、札幌や旭川、函館といった主要都市はすべて崩壊の憂き目にあった。
それでも、都市圏から脱出できた人類は、決して少なくなかったのだ。
北海道壊滅、最初の要因は交通網の断絶だった。
「ボクはねぇ、そのころ、札幌に住んでてねぇ」
ハルの逃亡は、ありがたいことにうまくいった。
天変地異の直後、竜が襲来するより先に、札幌から出ようとしていたから。
「おい」
レイジが鋭い言葉でハルの独白を邪魔した。
ハルはのほほんと思う。
――もう。このひと、めんどくさいなぁ。
「なんで竜が来るより先に逃げ出そうとしてたんだ。災害があったら、都市部にとどまるほうがいいだろ」
「んー……強いていうなら、逃げたかったから、かなぁ。いろいろあるんだよぉ、ボクにも」
「レイジさん、デリカシーなさすぎ。あほちゃう」
「ンだとテメェ。……まあいい、続けろ」
じゃあそうする、とハルはうなずいた。
ハルは車を調達して逃亡を図った……だが、すぐに挫折した。
道路がひび割れ、隆起し、走れる状態ではなかった。
オフロードカーでも厳しそうな路面状態。
バイクや自転車も試してみたが、結局、ハルはさほど遠くへは逃げられなかった。
都市部から少し離れた小学校に避難して、竜の襲撃とモンスターの氾濫を見た。
「もうねえ、びっくりしちゃったよぉ」
札幌から北の海岸へ向かった場所にある、崩れた小学校がハルの棲み処になった。
人間のコミュニティも出来て、なんとか共同生活をおこなっていたのだが。
「燃料が目減りしていってねぇ。ガソリンにせよ灯油にせよ、さ。北海道って、本州ほどじゃないけど、でっかい島だから。北海道はどこへ行くにしても車か船か、それと燃料が必要で。なにより、ほら。冬、ストーブを焚けないと死んじゃうし」
車が走る道は潰され、道を修復する行政機関も機能を停止している状況だ。
船でユーラシア大陸か日本列島の本州か、どこでもいいからなんとか燃料を手に入れに行きたいところだったが、船を動かすにも燃料がいる。
もっとも、行ったところで、手に入れられる確証はないし、無事に辿り着ける根拠もない。
「スキルで代用しようにも、なかなかねぇ。難しくて。補えそうなスキルがあっても、結局人間ひとりだから。学校村ぜんぶを支えるのは無理だったよぉ」
学校村は割れた。
意見対立で、複数の派閥に別れてしまったのだ。
燃料を使って船を出し、より多くの資源を調達するべきだ、という派閥。
燃料を節約すればなんとかなる、という派閥。
札幌ダンジョンに攻め込んで取り戻そう、という派閥。
そのうちどこかから救援が来るから我慢して待つべきだ、という派閥。
ほかにも、たくさんの意見が乱立して……そして。
「みんなで意見をあわせてなんとかしよう、っていう考え方が、よくなかったのかなぁ。日本人らしさが、悪い方向に作用したのかも。秋口までずるずる議論が続いて、その頃にはもう栄養不足で死んじゃうひとも出始めていて。で、そうなると、なにをしても手遅れで」
このままでは冬を越せない。
そう思った派閥が村を出て、別の都市部に向かった。
東か西かはわからないが、彼らの消息は不明だ。
人口が減れば、働き手も減る。
モンスターを狩るものも、畑を耕すものも。
「最初の冬で、その学校村はほとんど滅んじゃってたの。人口は最初の半分もいなかった。こうなると、行動しないといけないよね。春になってから、生き残りの中から強いひとたちを選んで、なけなしのガソリンで漁船動かして……燃料確保の旅に、部隊を送り出したんだけど」
海にも、モンスターが湧いていた。
それも、信じられないほど巨大な魚が。
「船はねぇ、ちょっと沖に出たところで、巨大魚に食われて沈んじゃった。なけなしの燃料も、ぜぇんぶパァ」
レイジが「ふん」と鼻を鳴らした。
「そういや、ラジオで聞いたな。海のモンスターは陸上よりデカくなりがちだってよ」
「うん。ボクのライフルでも、ちょっと倒せないかなってくらい大きかった」
「その頃からライフル持ってたのか」
「実家、マタギだからさぁ」
「マタギってなんですか?」
「猟師だよぉ。鉄砲で熊とか鹿とか狩るの」
「すごい!」
目をキラキラさせるタマに、ハルは微笑んだ。
「エルフになったいまなら、魔弾も使えるし。もしかすると巨大魚も倒せるかもねぇ」
「魔弾? なんだ、それ」
「ええとね……順番を追って話すよぉ。ええと、ええと……竜の襲来から一年後の春は、そんな感じだったの。だから、周囲の小村と吸収合併が盛んになった。互いの残りの燃料足して、なんとか生き残ろうって」
結局、大した量にはならなかったが。
当たり前だ。
帳簿の数字をこねくり回せば、何パーセント増えました、なんて言い方で増えたように見せられるかもしれない。
けれど、なにをどう見せかけたところで、実際の燃料が増えるわけではない。
「次の春には、人口はもっと減ってた。十分の一以下になってた。もう、みんなわかってたの。みんな、どうせ死ぬなって。だったら、いっそ……攻めてみようかって、話になった。いま思うと、みんなもうやけになってたんだろうねぇ」
なんとかしよう、と。なんとかしなければ、と。
口では言いつつ、もうわかっていたのだ。
どうにもならないのだ、と。
だから、いっそ……なにか意味のある死に方をしたいと、望んでしまった。
「ちょうど、ほら。春に、奈良でダンジョンが攻略されたでしょ? 触発されたひとたちの先導で、戦闘に適した人間がダンジョンに送り込まれてさ」
ハルは耳を触った。
真っ白で尖った耳。
「……ボクは竜に会って、エルフにされたの」
★マ!




