5 エルフのハル
「ホムラセッコはねぇ、肉が臭いから食えないの」
笑顔でそんなことを言って、ハルはキツネ――ホムラセッコの肉体にナイフを突き立てた。
ざくざくと毛皮を剥ぎ、肉を落としていく。
「え、ええと……私はタマです。こっちの両腕剣のひとは、レイジ」
「おー。タマさんとレイジさんね。よろしくね。両手、剣って、すごいねぇ。ちょっと待ってねぇ、急がないと毛皮に血が染みちゃう」
レイジが苦虫を嚙み潰したような顔で会釈する。
両手が剣になっている男にビビらない人間に、気圧されているらしい。
――そういうとこ、小物やねんな。
というか、ハルが大物過ぎる気もする。
挨拶もそこそこに、まずは獲物の処理を優先できるあたりが。
「ホムラセッコはねぇ、肉はだめだけど、毛皮はいいよぉ。こいつの毛皮は雪に強くて、なまら便利。肉と骨はねぇ、ヤウシの餌にするんよ」
ぽい、と肉を放り投げると、真っ白な大蜘蛛が嬉しそうに顎をカチカチと鳴らした。
赤黒い汚れを雪原にばらまきながら、ヤウシと呼ばれた蜘蛛が食事に食らいつく。
タマは目を逸らした。なかなかグロテスクな光景だ。
「なんだ、そいつ」
レイジの不遜な問いにも、ハルは笑顔で答えた。
「ヤウシはねぇ、蜘蛛だよ」
「見りゃわかる。なんていうモンスターだって聞いてんだ」
「ああ、そっちか。ボク、察し悪くて、よく間違えるんだよねぇ。ヤウシはイテツチグモっていうモンスターだよ」
「飼いならしてんのか」
「んーん。共生してるの」
首を横に振って、ハルは捌いたホムラセッコをまたヤウシに放り投げる。
カチカチと顎が鳴る。
「イテツチグモは、頭がいいんだぁ。ボクは遠距離から『狙撃術:A』で狩りができるけど、力も弱いし足も遅い。逆に、育って大きくなりすぎたイテツチグモは、警戒されて狩りがうまくいかないけど、足が速いし力も強い。パートナーにぴったりなの」
たしかに大きい生き物だな、とタマは巨大なタランチュラを見上げた。
高さはユウギリほどではないが、足の長さを含めた体長は五メートルに迫るだろうか。
足を除いた本体だけでも、自動車みたいに大きい。
きらきら光る真っ白な複眼がタマを見て、すっと頭を下げた。
――え? あいさつした?
困惑するタマに、ハルがけらけら笑う。
「お。珍しいねぇ、ヤウシが初見の人間に頭下げるなんて」
大量のホムラセッコから皮を剥ぎ続けるハルが、笑顔で言った。
「やっぱり、あれかな。角があるからなのかな」
「……え? あっ」
とっさに両手で頭を隠すが、いまさらだった。
普段はフード付きのパーカーで隠しているのだが、ダンジョン内での転移からずっとレイジしかいなかったため、忘れていたのだ。
竜だとバレたら、たいていは厄介なことになるのだが、ハルは笑顔のままだった。
「竜の角だよねぇ。でもここ、ダンジョンの外だし、竜には見えないし。どういうこと?」
「ええと、その……」
言いよどむタマの前に、レイジが歩み出た。
「このガキは竜に呪われてんのさ。そんで、おいエルフ女」
「ハルって呼んでよぉ」
「ここ、どこなんだ? 俺たちは関東からダンジョンの罠で瞬間移動して、気づいたらここだった。情報が欲しい」
「瞬間移動? へえ、すごいこともあるもんだぁ。竜に呪われたり、大変だねぇ」
――おおらかなお姉さんやな。
タマは半目になった。
己がエルフになっているとはいえ、竜化や転移にここまで反応が薄いと、逆に呆れてしまう。
「場所はねぇ、オロロンライン。ええとこなんだよぉ、景色がきれいでさ」
「オロロンラインってなんだよ。道北だよな? 近くに村はあるのか? 関東に戻るにゃ、どうしたらいい?」
「質問いっぱいだぁ。ええとね、オロロンラインっていうのは小樽から稚内までの道で、もちろん道北だよぉ。北海道の北西海岸沿いあたり。近くに村はないなぁ。関東には……わかんない。ボクだって、ここ二年は道内から出てないし」
「やっぱ道北か。クソが」
悪態をつくレイジに、ハルはヤウシを指さして示した。
「でも、札幌までなら連れていけるよぉ。ヤウシ、ふたりくらい増えてもぜんぜん問題ないし。ボク、札幌住みだから。稚内まで遠征してて、いま帰りだったんだぁ」
「そっから本州まで、ルート知らねえか」
「函館までいって、トンネルか船じゃない? ああでも、トンネルは崩れてるかも」
「本州まで行けても長ぇな」
レイジがタマをちらりと見て、嘆息した。
「ふたり、乗せてくれるか。わりぃが、本州に目的があるもんでな」
「いいよぉ! ボクも本州のお話いっぱい聞きたいし」
ハルが手を差し出すが、レイジの両手が剣だと気づいて、すぐに背負ったライフルの先端を上向きに掲げた。
「握手の代わりぃ」
レイジが剣の先端をかつんとぶつける。
物騒な握手である。
「それにしても札幌から稚内って、相当な距離だな。遠征って、なに目的だ」
「……んー。人間探し?」
にはは、とハルが笑った。
「北海道、人間ほぼ絶滅しているからさぁ。生き残り探して回ってるんだぁ」
――え? 人間、ほぼ……絶滅?
タマは目を見張る。
ハルはあっけらかんと言ったが、大ごとだ。
全域がダンジョン圏になった関東圏ならまだしも、北海道だ。
ダンジョンは札幌で、道内ならば逃げ場も多いはず。
だと、思ったのだが。
「絶滅? なんでだ。北海道なら、避難場所はあるだろ」
「天変地異のあと、冬が二回あったからねぇ。燃料も電気もなくて、竜を殺すまではモンスターもなまら多かったから。みんな死んじゃったん」
さらりと言う。
絶句するタマをよそに、レイジが目を鋭くした。
「竜を殺すまで、と言ったな。竜が死ぬまで、じゃなくて」
「ああ、うん。そうなの」
ライフルを背負い直して、ほのぼのとした笑顔を見せる。
「札幌ダンジョンの竜は、ボクが殺したよぉ」
★マ!




