4 キツネ
タマはじっと目を凝らし、雪の平野を見た。
紫色の炎がゆらりと揺れる。
――お化け屋敷の人魂みたいや。
ゆらゆらと揺れながら、円を狭めてふたりに迫ってくる。
「……なんだ、こいつら。魔法動体系か?」
「知らへん」
レイジは両腕の剣を構え、タマは直立したまま、じりじりと時間が過ぎる。
視認できる距離にまで近づいて、その正体に気づく。
「キツネか。ダンジョン産のモンスターじゃなさそうだが」
レイジの呟きに応じるように、こん、と獣が鳴いた。
紫色の炎を纏う、雪に紛れる白い毛皮の狐。
炎纏っているのは、スキルによるものか。
「炎を操るようなスキルでも持ってんのか? にしては、足元が溶けてねえのが気になるな」
「考えてもしゃあないやろ」
タマは無造作に足を踏み出した。
『竜種:A』のステータス補正はすべてAランク級。
たいていの相手は正面からスペック差で押し切れてしまう。
四か月の旅のあいだ、戦闘の機会は少なくなかった。
レイジという、巨大村落の狩猟班リーダーを務めた男がそばにいたのも、経験として有利に働いた。
モンスター相手の戦闘ならば、タマはすでにそれなり以上の手練れと言えた。
「おい、うかつに手ェ出すな、クソガキ」
「小手調べや」
唇をすぼめて、口の中で火炎を練る。
放射ではない。イメージするのは、矢だ。
フッ、と細く息を吐くように、射出する。
火炎弾。これもまた、旅の中で得た竜の技。
雪上に熱の融跡を残して飛び……着弾。
派手な水蒸気爆発と共に、雪面が弾け飛び、しかしキツネに傷はない。
あっさり避けられたらしい。
「遠すぎる。不意打ち以外で当たる距離じゃねえ」
「うっさい」
だが、局面は動いた。
キツネたちが一斉に走り出したのだ。
雪の上、紫の炎を揺らしながら、レイジたちに向かって一直線に。
まだ距離は開いているが、タマはひらりと身をひるがえし、近くに雪に手を突っ込んだ。
「おい、なにしてんだ」
「見とき」
首根っこを引っ掴んで、雪の中からずるりと引き抜いたのは、一匹のキツネだ。
激しく暴れているが、獣の爪や牙はタマの肌に通らない。
紫の炎も纏っておらず、ぎらぎらした獣の目をタマにぶつけている。
「おいおい。向こうが不意打ち狙いなのかよ」
「炎出してるやつらが出てきたあたりで、雪の中這ってきた」
角の超感覚があるから、気づけた。
レイジが舌打ちをする。
「思い出した。アレだ。ラジオでやってたやつだ。北海道土着のめんどうなモンスター」
「なにそれ」
「ホノオ……ホムラ……なんたらいう名前だったと思うが。雪中から不意打ちを仕掛けてくるんだとよ。キツネ型だとは知らなかったが」
捕まえたキツネが、ぼう、と燃え上がった。
熱くない。
タマが竜だから、ではない。
そもそも温度が高くないのだ。
獣毛のいくつかの部分が、紫色に光っている。
それが炎のように見えていたらしい。
「バイオルミネセンスか? どういう生態だ、このキツネ」
「ばいおるみ……? なにそれ」
「ホタルとか深海のイカとかが光るやつだよ。知らねえのか」
「知らん。教えて」
タマは腕を振ってキツネをぶん投げる。
すぐそこまで駆け寄ってきていたキツネにぶつかり、きゃいん、と鳴いた。
レイジもまた、とびかかってきたキツネを両断し、息を吐く。
「クソが。これ終わったら教えてやるから、本気で戦え」
だったらがんばるか、とタマは両手を構えた。
キツネの群れに相対し――直後、タマの正面のキツネの胴体が、弾け飛んだ。
「……え?」
「あ? なんだ、いまの」
あっけにとられる。
なにか、タマの知覚外から、超高速の物体が飛来して、キツネの体に命中した……の、だと思う。
さらに数発、音を切り裂いて飛んできた物体が、キツネの命を次々に奪う。
弾ける血肉に少しひるんでしまったタマに、レイジが鋭く声を飛ばした。
「弾丸だ、タマ! どっちだ!?」
「――あ、あっち!」
ぎゅん、とタマの感覚が唸る。
首をひねって、飛来物が飛んできた方向を向く。
目を凝らすと、数キロ先の雪上に動くものがあった。
またしても、白。
雪色の生物。
複数の足を持つ、巨大な白い蜘蛛だ。
野生ではない。
大量の荷物を背負い、さらには人をのせている。
その人は、細長い筒のようなものを構えていた。
――遠い! あの距離から攻撃当てたん!?
「伏せとけ、クソガキ。誤射されたらおまえの鱗でもダメージ入るぞ」
大人しく、言われた通りに伏せる。
ばすばすばすばすッ、と音を立て、連続で放たれた弾丸がキツネの群れを瞬く間に駆逐した。
落ち着いたと判断して立ち上がると、白蜘蛛がかしゃかしゃと足を動かして近づいてくるところだった。
体高二メートル以上はあるだろうか。
バンか軽トラのようなサイズ感の節足動物は不気味だが、白い甲殻と複眼が不思議と美しい。
「おーい。あんたら、なまらあぶなかったなぁ。ホムラセッコの群れに囲まれるなんてな」
のんびりした声と共に、巨大な蜘蛛の上からひらりと女が飛び降りた。
その女すらも、白い。
――こっち来てから、見るもんぜんぶ真っ白や。
雪に紛れる雪上迷彩装備を着込み、担いだライフルも白に塗られている。
帽子の下に見える肌も雪のように白く、金色の髪は肩口で整えられ、そして……耳が、横に長い。
尖っているフォルムは、まるで妖精か、あるいは。
「だれだ、てめえ。ていうか、なんだ、てめえ。その耳」
レイジの唸るような問いに、女はまったく気圧されなかった。
「ボク? ボカぁねえ、ハルっていうの。でね、この耳がなにかっていうと……」
ハルはにっかりと陽気に笑った。
「『エルフ種』っていうの。見た目は違うけど、根っからの道民だから、あんまり気にせんでね」
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