3 試される大地
数分後、雪が止んで、分厚い雲が流れていった。
急に広がった青空の下で火を吹き、びしょ濡れの体を乾かす。
レイジにも熱風を送る中で、気づく。
吹雪の間は気づかなかったが、人生で一度も見たことがない光景が広がっていた。
「すご。まったいらや。こんなに平らな地面、はじめてみたかもしれん。地平線っていうんやろ」
「じゃあここ、関東平野か? いや、それにしても……広すぎる」
レイジもぐるりと周囲を一望して、顔をしかめた。
「おれたちは静岡から神奈川に向かって、関東大ダンジョン圏に入り、東京を目指していた。そうだよな?」
「なんの確認やねん」
「いいから答えろ。神奈川に入った直後、おれたちは光る床を踏んで、気づいたら吹雪の中にいた。だよな?」
「……せやった。いきなりアンタが死にかけたから、びっくりしたわ」
「うるせえクソガキ。あー、クソ。やべえな、こりゃ」
なにがやねん、と無言で睨むと、レイジは二の腕でごしごし顔をこすって水滴を落とし、真っ白な息を吐いた。
「少なくとも、本州にこんな場所はねえ。関東平野なら狙えば地平線が見える場所もあるかもしれねえが、少なくともこんなに広大な平地ってのはまずねえ」
「……つまり? どういうことなん?」
「本州じゃねえんだよ、ここは。日本かどうかもわからねえ。おい、とにかく人工物探せ。道路標識でも看板でもコンビニの廃墟でもなんでもいい、文字が書いてあるやつだ」
そう言われても、ただで手伝う気はない。
タマは無視して、雪を両手ですくった。
こうもたくさん積もった雪は、はじめて見た。
じぃ、とよく観察してみる。
「食うなよ。腹くだすぞガキ」
「食べへんわアホ」
ほんとうは、ちょっと舐めてみようか、とか思っていた。
雪をその辺に放り投げて、雪をかき分けるレイジのあとに続く。
「ガキ、空飛んで人工物探せや」
「飛ばれへん。羽ないもん」
「役に立たねぇガキだ。竜じゃねえのかよ」
ぼやきながらも、レイジはむき出しの両剣で雪を掻いてゆく。
それでいい。
タマは原則、着いていくだけ。
料理とか、物資補給とか。
レイジができないことを、代わりにやるだけ。
そういう旅を、もう四ヶ月以上も続けて来た。
雪を掻いて進むこと、数時間。
レイジが眉をひそめて、つま先で雪をまさぐった。
「なんかあるな、ここ」
「なんか?」
「雪の積もり方と融け方が違う」
両腕の剣でほじくるようにして、レイジが雪をどける。
出てきたのは、倒れた金属柱だ。
「なんや。ただの棒かいな」
「馬鹿オマエ、これ道標だぞ。端っこ探せ、住所がわかる。火はやめろよ、またびしょぬれになるのはごめんだ」
注文が多い。
イヤな顔で、タマも雪に両手を突っ込み、抱えた雪塊を背後にぽいぽい投げていく。
Aランクのパワーがあれば、この程度は簡単だ。
小さな体だが、重機並みのパワーを発揮できる。
すぐに青い看板が出て来た。
「あった」
「見せろ」
レイジが駆け寄ってきて、ほっと息を吐いた。
看板に日本語が記されているからだろう。
だが、すぐに険しい顔に戻る。
「なんて読むのん、これ。ちない? しいない?」
「……稚内だ。クソ」
「どこそれ。関東なん?」
レイジがいらいらを隠そうともせず、剣を振るった。
ずぱん、と金属製の看板が両断される。
「北海道。しかも道北だな。やべえところに飛ばされちまった」
「北海道! 私、はじめてきた!」
「はしゃぐんじゃねえ! おい、方位磁石出せ。日本地図も。人里まで何キロあるんだ? 雪中歩行には限界があるぞ……」
ぼやくレイジをよそに、タマは壮大な大自然をぐるりと見渡し、ほう、と感嘆の息を吐いた。
――すごいとこきてもうた……!
テレビでしか見たことのない場所だ。
一面の雪だけでも絶景である。
もう一度ぐるりと一回転したところで、雪の上に異変があった。
ぼう、と雪の上で紫色の光が揺れたのだ。
「お。光り出した」
「あ? なんか見つけたのか、クソガキ」
まるで炎のようだが、炎ではない。
温かさを感じない光が、ゆらりゆらりと揺れながら、レイジたちを包囲するように展開している。
「クソが。なんか、いるな。北海道特有のモンスターか? おい、タマ。警戒しろ」
タマは両角をぽりぽりと掻いた。
竜の感覚は、人間のそれをはるかに凌駕する。
「気づいてなかったん? 雪ン中に十匹以上おるで。転移直後からずっとつけられてる」
「ンのクソガキが!」
★マ!
北海道には一度だけ行ったのですが、時間制限があったため自由に見て回れませんでした。
コロナが明けたら旅行したいな。
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忙しすぎて作者の心が折れそうなので購入報告で応援してくれ!!




