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断章【よんてんご】

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鬼チョコ猫祭り(別名:二月の狂気盛り合わせ)



 幹部寮の共有スペースで、レンカはのんびりと両手を伸ばした。

 肩甲骨あたりからゴリっと音が鳴る。

 ふうああ、とお嬢様らしからぬ大きく長い息を吐いて、ソファにゆったりと身を沈めた。

 マツシタが作っていったソファだ。

 フジワラの手により回収され、いまは幹部寮の共有スペースに置かれている。


 ――二月はいろいろあって忙しかったですけれど、なんとか乗り越えましたの。


 再開拓の計画や進捗確認、住民の住居割り当て、難民の保護、反朝廷派との折衝、兵士の訓練などなど、日に日に忙しくなっていく。

 マツシタ関係の事案も、イコマの『竜種』に関する問題もあった。

 レンカは報告を聞いて許可を出したり、相談に乗ったりしただけだったが、イコマもフジワラもけっこう無茶をやらかすので心労が絶えなかった。


「……そういえば、二月はバレンタインくらいしか遊んでいませんわね」


 ふと、思い出す。

 バレンタイン当日は姉妹同然の女子連中と一緒にチョコレートを作って、お世話になったひとたちに配った。

 イコマには特製の紅茶フレーバーのチョコレートを作ってプレゼントした。


 ――めちゃくちゃ身構えられていましたけれど、当日はみんなふつうのチョコレートしか渡しませんでしたの。


 本番になると急に乙女になるあたり、バランスがとれていると思う。

 なんのバランスなのかは知らない。

 終日身構え続けていたイコマがちょっとおもしろかった。

 なお、十五日になった瞬間襲った。


「仕事があるのはいいことだろ」


 と、隣でホットココアをふーふーしているミワが言った。


「だいたい、ほとんど毎日、仕事後は遊んでんじゃねえか。イコマで」

「そういうのではなくて、なんといいますか。ほら、あるじゃないですか。イベントで楽しく過ごす、みたいな」

「二月ってそんなにイベント盛りだくさんな月じゃねえだろ」


 ドレッドヘアの軍師は指折り数える。


「節分、バレンタインだけじゃねえの。旧正月じゃきゃいきゃいできねえだろ。あと、あえていうなら猫の日くらいか?」

「猫の日? ……ああ、二月二十二日ですわね。にゃんにゃんにゃんの日」


 なるほど、とうなずく。


「卑猥な日ですわね。にゃんにゃんだなんて」

「猫に謝れよ」

「節分はトラ柄下着に鬼角ヘアバンドで太巻き咥える卑猥な日ですし」

「猫と鬼とトラと太巻きに謝れよ」

「バレンタインデーなんてそりゃもうセックスの日といって差し支えありませんの」

「猫と鬼とトラと太巻きと聖ウァレンティヌスに謝れ。ていうか、今回はウチらもふつうのバレンタインやっただろうが」


 ミワがホットココアにおそるおそる舌をつけ、「あちゅ」と舌を引っ込めた。

 猫舌らしい。

 マグカップをうらめしそうににらんで、またふーふーしはじめる。


「だが、ふつうのイベントで遊ぶってアイデアは悪くねえんじゃねえの。収穫祭以来、住民も兵士も派手なぜいたくできてねえからな。四月からはまたダンジョン遠征もある、祭りでガス抜きしつつ士気の高揚を狙うのはアリだろ」


 さすが、軍師らしいことを言う。

 意識の九割はホットココアに持っていかれているようだが。


「なに祭りにいたします?」

「節分とバレンタインはとっくに終わっているからな。できるとすれば、猫の日か……あるいは、二月のイベントぜんぶまとめたやつでもいいんじゃねえか?」


 ぜんぶ? と首をかしげると、ミワがどうでも良さそうに言った。


「鬼チョコ猫祭りとか」

「鬼チョコ猫祭り……!?」

「あれだ。猫耳つけてコスプレしたやつを御輿(みこし)に載せて練り歩くんだよ。んで、観客にチョコレートばらまく。節分の豆まきみたいに」

「五秒で考えたみたいなイベントですわね」


 カオスの香りがする。

 つまり、カグヤ朝廷らしいイベントだ。


「じゃあそれでいきましょう。主催はわたくしたち文官側でやりますから、兵部からは人員を出していただけます?」

「正気か、おまえ。まあ兵士出すくらいならいいけどよ。……あちゅっ」



 ●



 そういうわけで、とんとん拍子で祭りの準備が進み、当日を迎えた。

 猫耳娘役にはミワを指名した。


「正気か、おまえ……!?」

「イコマさまに衣装を着せても、住民たちは『ああいつものやつか』って感じになってしまいますから、新鮮味のある方々を選びましたの」

「だからってわざわざウチを指名するか!? 猫耳だぞ!?」

「だって、猫舌なんですもの。人員出すって約束してくださったじゃありませんの、兵部から。安心してくださいませ、露出の多い衣装ではありませんし、ミワさまだけでなくアキさまやヤカモチにもお願いしております」

「……まあ、ならいいけどよ。仕方ねえ。猫耳つけるだけだろ?」


 レンカはドレッドヘアで目つきの悪い軍師に、猫耳のカチューシャとフリフリのドレスを手渡した。

 フリルが増量された、ピンクと白の甘ロリ系だ。


「正気か、おまえ……!?」

「あ、チョコ撒くときは『鬼はそとにゃん♥ウチは猫にゃん♥』の掛け声をお願いいたしますの」

「ぶっ殺すぞおまえ! ぜったいやらねえからな! 似合わねえし笑われるだけだっての!」


 ちょうどそのとき、いそいそと個包装チョコを複製していたイコマが、残念そうな顔をミワに向けた。


「ええー。僕、ミワ先輩はカワイイ服も似合うと思うんですけど……」

「馬鹿! 着るわけねえだろうが! こんなふりふりの服をよォ!」


 顔を赤くして怒鳴ったミワは、結局イヤイヤ言いながらドレスを着た。

 羞恥に震えながらやけくそみたいに掛け声も叫んだ。

 住民は大盛り上がりだった。


 ――チョロいですわねぇ。


 と、レンカは思った。

 本番になると急に乙女になるあたり、バランスが取れている。

 なんのバランスなのかは知らない。




★マ!


四章が真面目でエモい話中心だったので、これもまたバランス。

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― 新着の感想 ―
[一言] 鬼チョコ猫祭り(読者は不定の狂気に陥った!)
[一言] ばら撒いても惜しくない複製チョコ、便利な男よw なおイコマ君には照れ隠しの全力投球が飛んでいった模様。
感想一覧
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