52 力業
マツシタさんたちが出発する日の朝、僕はまたまた道場にいた。
出発予定時間まで少し時間が空いたから、訓練に混ざりに来たのだ。
そっと中を覗くと、クキさんが兵士たちをちぎっては投げ、ちぎっては投げしていた。
ちぎっては、というか、触れる相手がみんなぽんぽん吹き飛んでいくような感じ。
どういう柔道だ。いや合気道か?
名前も知らないような古武道の可能性もある。
あとで聞いてみよう。
「そら、受け身の練習だ。もっとかかってこい。受け身が染みつけば、命が助かる。相手が竜だろうがなんだろうが、転ぶのがうまいやつは生き残りやすい」
「ぜったい生き残れるとは言わないんですねクキ先生!」
畳に叩きつけられた兵士がクキさんを見上げると、老師は真顔でうなずいた。
「人間、死ぬときは死ぬ。儂の投げでも頭から落ちれば死ぬかもしれん。死にたくなければ受け身を学べ」
「スパルタクソジジイ……!」
絶好調である。
あの爺さま、教授よりも二回りは年上なはずなんだけれど……元気だなぁ。
畳の前で一礼し、道場へ入る。
「兵部所属、自由騎士卿イコマです。ちょっとだけ参加させてもらってもいいですか?」
クキさんが兵士をぽんぽんしながら、ちらりとこちらを見た。
「見送りまでか」
「そうです」
「フジワラと山に登る用事があると聞いたが、もういいのか」
隙ありィ、と掴みかかった大柄な男性がぽんされて背中からベッチィインと畳に落ちた。
うわ、あれは痛い。
「なんか、僕はお邪魔な雰囲気だったので」
「荷物を運んで、暇になったからこっちに来たのか。下りはどうするつもりだ」
「マツシタさん、パワー補正ありますから。教授も手伝うでしょうし」
「そうか」
クキさんは視線を戻し、淡々と言った。
「混ざれ。Aランクの戦士がおらんと張り合いがない」
「クキさん、めちゃくちゃ言いますね……?」
Aランクがいないと張り合いがない、って。
魔王みたいなことをおっしゃる。
実際、クキさんとまともに組み合えるのはヤカモチちゃんくらいだろうから、張り合いがないのは事実だろうけれど。
タンバくんとナナちゃんはスピードで対抗してなんとか、という感じ。
じゃあ、僕は?
どうやって対抗しようか、と思案していると、畳の上でうめく兵士たちが僕にきらきらした瞳を向けた。
「イコマ卿! どうかこのスパルタジジイに鉄槌を!」「そうです! 自慢の粘液でべたべたにしてやってください!」「おれたちのカタキをうってくれ!」
死屍累々の言葉に、思わず苦笑する。
「……あんまり期待しないでよ? ほら、僕ってかよわいからさ」
半目の兵士たちを横目に、クキさんの前に立つ。
さて、小手先に頼りすぎな僕は、小手先のスキルたちを失ってしまったけれど……。
「クキさん。実は僕、最近めちゃくちゃ筋トレをがんばっているんですよ」
「そうか」
クキさんは唇の端を歪めて笑った。
この老師はタンバくん経由で『旅路』を共有している。
経験値を糧に、まだまだ強くなるつもりなのだろう。
「儂もだ」
ゆるりと手を広げたクキさんの懐に、手を伸ばす。
今日の目標は――力づくでもいいから、一回投げる、だ。
★マ!
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