51 幕間 フジワラ、決意
残念会という名の打ち上げが終わって幹部寮に戻ると、イコマが筋トレをしていた。
共有スペースにヨガマットを敷いて、腕立て伏せや腹筋などをハイペースでこなしている。
何気なく眺めていると、ふいにイコマが顔をこちらに向けた。
「……あ、教授。お帰りなさい」
「ただいま、イコマくん。寮で筋トレとは珍しいね」
「ステータスの底上げになりますから。力、つけないとなんで」
真面目な青年である。
ちょっと、かなり、だいぶ、どうかしている部分もあるにはあるのだが。
言動とか。
「ああ、そうだ。魔剣と酒、感謝する。ありがとう」
「いえいえ。アレ、重たいんでいい筋トレになりました」
打ち上げ前に、魔剣を部屋に運んでもらったのだ。
ついでに、酒も大量に複製してもらった。
イコマも誘ったのだが、「研究員ではないから」と辞退された。
「あの魔剣、どうするんですか?」
「イコマくん、使うかね?」
「質問に質問で返すのは悪い大人ですよ。教授がどう使うか。それが大事なんだと思います」
すこぶる、真面目な青年である。
フジワラは嘆息した。
「僕は戦わないからね。どうしたものか、と悩んでいる」
「じゃあ料理でもどうですか。火、出ますし」
「……他人事だと思って、てきとうなことを。あくまで僕になんとかしろ、と言うのだね」
はい、と元気な返事が返ってきて、苦笑してしまう。
若者たちは、大人に厳しい。
「僕はもう休むよ。イコマくんも、根を詰めすぎないように。無理をするのはきみの悪癖だから」
「気をつけます。……でもあともう一セットだけ!」
階段をあがって、部屋に入る。
殺風景な部屋の壁に、ねじくれた魔剣が立てかけてある。
――飾るならば、スタンドを作らないとな。
重量がネックだ。
鞘もないので、いろいろと危ないし。
ベッドに座って、魔剣を眺める。
打ち上げの最後、マツシタには丁寧な別れのあいさつをした。
大人らしく、しっかりしたあいさつを。
だが、胸にしこりのようなものが残っている。
――僕が、マツシタくんにしてほしいこと、か。
鉄と陶器と歯車でできた人形が、言った。
フジワラに必要になる、と。
ふたりに必要になる、と。
その意味を、深く考えていないのではないか。
自問する。
――僕も酔っているな。
普段ならしない想像だ。
酔いを自覚しつつ、打ち切った想像の続きをたぐり寄せる。
――『旅路』とは関係なく、僕とマツシタくんのふたりに魔剣が必要となるならば。
フジワラとマツシタの共通項がヒントだ。
奈良の田舎の古典教授と、博多の職人娘。
共通項があるとすれば、出会ってから、だろう。
つまり、ふたりで取り組んでいたもの。
――事業。古都の電力問題。キオくんはマツシタくんの影の中で聞いていたはずだ。僕らの取り組みのすべてを。
では、電力に関して魔剣がどんな役に立つか。
魔剣は武器だが、どんな武器だ?
考えるまでもなく、すとんと答えが出た。
「……『火、出ますし』か。なるほど、核心だな」
つぶやいて、くつくつと笑う。
「そしてこれは、ある意味で……キオくんの遺言でもあるのか」
責任をとるべきだ。
現在を定義して、未来を提示した責任を。
つらいこと、楽しいこと、そのふたつが連綿と続いていくのが人生だと。
そして、マツシタは人生のつらさを知っている。
ならば、マツシタに『未来の楽しいこと』を具体的に示すのは、フジワラの責任だ。
深く息を吸って、吐く。
ポケットに上から触れると、丸いリングの感触がした。
「なあ。人生は冒険だというが……僕もまだまだ、冒険すべきかな?」
問いかけても、返事はない。
部屋にはひとりしかいない。
けれど、フジワラは満足そうにうなずいた。
立ち上がり、部屋を出て階段を下りる。
共有スペースでは、イコマが相変わらず筋トレをしていた。
「イコマくん、ちょっといいかね」
「あれ、まだ起きていたんですか。……どうしたんです?」
「明日、手伝ってほしいことがあるのだが」
古都の英雄は、にへら、と笑った。
「もちろん、いいですよ」
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