50 幕間 フジワラ、迫られる
マツシタは酒豪だった。
どれだけ飲んでも顔色一つ変えず、普段通りの調子である。
「いいお酒がこん、なに残っているな、んて」
「寮に戻ったとき、イコマくんと会ってね。増やしてもらった」
「なる、ほど」
こくこくとウィスキーを飲み乾す。
スタッフたちの大半はテント外だ。
持ち込んだ鉄板で肉を焼いて、楽しそうにしている。
寒いというのに、元気なことだ。
フジワラもさっき少しもらったが。
――豚串は少々脂がこたえるねぇ。
年齢を実感してしまう。
「マツシタくん、酒に強いのは生まれつきかね?」
「もともと、飲む方、です。……でも、『ドワーフ種』を得てからのほうが、飲め、ます」
そうか、とうなずく。
タフネスの増強によるものか、あるいはドワーフらしさの演出なのか。
「イコマくんが申し訳ないと言っていたよ。『竜種』は失ってしまったし、『旅路』はスキルを獲得するスキルであって、スキルの消去はできないから、と」
「謝る必要は、ない、です。そう、伝えてくだ、さい」
マツシタは前髪を揺らした。
「『ドワーフ種』は、つらい、です。鏡を見るたび、につらくなり、ます。でも、みんなが戦った証拠、です」
ウィスキーのグラスに、唇が触れる。
「……つらいこと、とも。生きていき、ます」
フジワラはもう一度、そうか、とうなずいた。
「博多では、どういう予定かね。キオくんと別れのあいさつに回って、それからあとのことだが」
「おはかを、つくり、ます。みんなの、おはか、を」
「僕もいつか、参らせてもらいたい。だが、そういう意味ではなくて……その、すべてが終わったあと、なにか予定はあるのか、という意味でね」
「すべてが終わった、あと?」
マツシタが首をかしげる。
やはり、そこまでの予定はないらしい。
「なにをして生きていくのか、と。やはりものづくりかね」
「なにをして……」
マツシタは前髪の奥からフジワラを見た。
「ジブン、なにして生きていった、らいいで、すか?」
「僕に聞くのかね」
苦笑して、気づく。
銀色の柔らかい毛に隠されてよく見えていなかったが、目がとろんとしていた。
机の上には年代物のスコッチ・ウィスキーの瓶が十本以上並んでいる。
――酔っているのか。
「マツシタくん。今日はもう寝たまえ」
「フジワラさん。ジブン、なにして生きたら、いいで、すか」
「酔っているだろう。明日出発なのだから、早めに休んだほうがいい」
「フジワラさん、は。ジブンになにして生きて、欲しいです、か。ね、フジワラ、さん」
「酔うとぐいぐい来るね……!?」
褐色の小さなドワーフは唇を尖らせた。
「生きろと言った、のに。無責任、です。生きているから、文句を言い、ます」
「む、むう。だがね、僕にきみの生き方を規定することは――」
ぎゅ、とマツシタの小さな手がフジワラのジャケットの袖をつかんだ。
「責任、取ってくだ、さい」
「いや、あのだね、マツシタくん。そういう誤解されそうな言葉は……」
ふと気づくと、テントの入り口から若い女性スタッフがこちらを見ていた。
頬が真っ赤で、見るからに酔っぱらっていて、そして目を丸くしている。
ややあってから、テントの入り口から顔を引っ込ませて、外で叫び声がした。
「みんなァー! マツシタさんが教授に『責任とれ』って迫ってるゥー!」
フジワラはテントの天井を見上げて思った。
――こういうのはイコマくんの役割じゃなかったかね……?
誤解はすぐに解けるだろう。
だが、しばらくはこのネタでいじられるだろうな、とフジワラは思った。
★マ!
なお、恋愛感情とかではないです。




