22 ただいま
ロープでぐるぐる巻きにされた僕は、聖ヤマ女村校舎に運び込まれた。
ヤカモチちゃんを治療するためである。
ナナちゃんが僕の経歴やスキルについて詳しく説明し、大量のギャングウルフの牙を証拠として提示したことで、生徒会長レンカは僕の有用性については納得した。
しかしながら。
「拘束を解くことはできませんわ」
レンカは真面目な『会長モード』で僕に言った。
「ヤカモチの治療をしていただけることには、心からの感謝をいたします。
しかし――たとえ恩人であろうとも、有益であろうとも、ここは男子禁制の聖ヤマ女村。
拘束したままでなければ、住民に申し訳が立ちませんの」
住民に申し訳が立たない?
どういうことだろうか。
「聖ヤマ女村は、傷心の女性の駆け込み寺のような役割も担っておりますので。
『男がいないこと』は、当村が住民に対して守らねばならない誓いのようなものとお考えください」
清潔に保たれた洋館風の廊下を、僕を肩に担いで歩く背の低い女の子が(いや力つよ)、こっそりと耳打ちしてくれた。
ちなみに背の高い子は門番続行中である。
しかし――なるほど。
滅亡の混乱に乗じて、あるいは滅亡後の倫理観の崩壊に乗じて……いつだってよからぬ輩はいるものだ。
聖ヤマ女村はそういうヒトに救いの場所を提供しているのだろう。
「でも、お兄さん住む場所ないと困るよね。
ねえ会長、私の部屋でお兄さん飼っていい?
部屋から出さないようにするからさ」
「ダメですの! そうやってすぐいやらしいこと言って!
だいたいナナ、あなた、オトコの飼い方ちゃんと知ってますの!?」
「ちゃんと世話するもん!
毎朝霧吹きもするしゼリーもあげるもん!」
僕はいつからカブト虫になったのだろう。
まあ芋虫状態だから虫には違いないんだけど。
「心配しなくても、治療と『複製』が終わったらすぐに出ていくよ。
対価としていくつか物資をもらえたら、それで――」
「え? あれ?」
ナナちゃんが首を傾げた。
「お兄さん、出ていくの?
一緒に住んでくれるんじゃなかったの?」
「あぇ? いやいや、ナナちゃん、僕は流浪の根無し草ソロキャンパーだよ?
だいたい、僕が聖ヤマ女村に住めるわけないじゃん。男なのに」
「でも、お兄さん。
『村に来て』って言ったら『いいよ』って言ったじゃん」
廊下を担がれて移動しながら、僕はようやく気付いた。
「アレ、僕に『村の住民になって』っていう意味だったの!?」
「それ以外のどんな意味があると思ってたの?」
「治療だけして終わりかなって」
「だめだよ、お兄さんは集団生活でこそ輝く人材だよ。
出ていくなんてもったいない!」
ナナちゃんは熱く語るけれど、困ってしまう。
役に立てるのはいいことだけどさ。
拠点を固定して働き続けるのでは、A大村と変わらない。
なんと言って断るか考えていると。
「ナナ。そのあたりでやめておきなさいな」
レンカちゃんが助け舟を出してくれた。
「嫌がるオトコを無理やりなんて、はしたない。
そういうのは妄想の中だけで嗜むものですわよ?」
助け舟か? コレ。
「でも、会長。お兄さんは必要だよ?
男が村に住むのに反対する理由もわかるけど、お兄さんの万能性は聖ヤマ女村にとって大きなプラスに――」
「男性かどうかは関係ありませんわ。
『複製』も『傷舐め』も、その強力さを理解しております。
ですが――ナナ、あなた、イコマ様にとってのプラスになるかはきちんと考えましたの?
ただでさえ双方の『村に来る』という取引内容に齟齬があったのに。
共同体を追放され、ひとりで過ごすことを選んだイコマ様のお気持ちを考えなかったのですか?」
「……それは、その」
ナナちゃんがしゅんとした。
レンカちゃんはため息を吐いて、ナナちゃんのほっぺを軽くつねった。
「ヤカモチのこと、我が村のこと。
ギャングウルフの出現と敗北。
いろいろ、あなたなりに思うことがあったのでしょうけれど、嫌がる相手に無理強いをするのは、わたくしたちがもっとも嫌悪し、追い出した乱暴者たちと同じですわ。
淑女たるもの、常に他人を思いやりなさいな」
「はい……ごめんなさい……」
「謝る相手が違いますわよ」
意気消沈したナナちゃんが、僕に向き直って頭を下げた。
「ごめんなさい、お兄さん。
自分勝手なこと言っちゃって。
許してくれる……?」
「許すもなにも、ぜんぜん怒ってないからいいよ。
ていうか、それよりも――」
うん。
「――レンカちゃんもナナちゃんも、本当にお嬢様だったんだね。
今までの会話内容がひどすぎて、実は『自分をお嬢様学校の生徒だと思い込んでいる異常者』なんじゃないかと思ってたよ」
「あら、失礼ですわね」
レンカちゃんは立ち止まり、横を向いた。
やたらと豪奢な木製の扉には、『保健室』と彫り込まれた金属製のプレートがかけられている。
レンカちゃんは丸いドアノッカーに手を伸ばしながら言った。
「性癖に異常も正常も御座いません、あるのはただ個人の好みだけですわ。
昨夜もケモショタと触手が激しく絡む絵本を読みながらソロでしっぽりと」
「言ってねえし聞いてねえよ」
と、そこで保健室内から声がした。
「どうぞ、入って入ってー! ノックは必要ないよ、もう知ってるしー」
あれ? レンカちゃん、まだノックしてないよな?
なんで気づいたんだろうか。
レンカちゃんは苦笑してドアノッカーから手を離し、ドアを押し開けた。
ナナちゃんは嬉しそうに保健室に飛び込み、弾んだ声で言った。
「ヤカモチ! ただいま!」
ちなみに会長は高3で文明崩壊を迎えたので、現在は20歳です。
20歳だけどセーラー服着てるし生徒会長です。
お高い学校の制服ってめちゃ高いんですが、その代わり縫製がしっかりしており機能的なため、サイズが間に合ううちは着続けている……という設定です。
あとジャージ。ジャージ最強説。
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