49 幕間 フジワラ、残念会
昼過ぎ、フジワラは研究本部テントにいた。
後片付けのためだ。
――魔道具計画は凍結。マツシタくんがいなくなる以上、仕方あるまい。
太政大臣レンカは規模縮小での運用も提案したが、フジワラが辞退した。
いまの古都に無駄を許容する余裕はないと判断した。
「教授、魔力保持者のリストはどうします?」
「朝廷本部で保存だ。魔道具計画は凍結だが、魔力に関する研究は続くからね」
――『旅路』によって、魔法スキルに覚醒するものもいるだろう。ひょっとすると、魔力を持っていない人間も、努力次第では魔力を持つようになるかもしれん。
とはいえ、「努力次第」なのは間違いない。
もともと魔力を持っている人間とはスタート地点が違うのだ。
せわしなく動き回る中で、スタッフのひとりがぽつりと言った。
「明日ですね。マツシタさんが発つの」
「そうだな。みな、別れはちゃんとしておくように。こんなご時世だ、二度と会えない可能性もある」
教授の言葉に、スタッフ全員が動きを止めた。
ややあってから、またしてもスタッフのだれかが口を開く。
「教授。マツシタさんにここにいてもらうことって、できないんですか?」
「教授から頼めば、きっと……」
「そうですよ! 教授が言えば、いけますって!」
ひとりが言えば、せきを切ったように口々にこぼれだす。
フジワラは嘆息してスタッフたちに向き直った。
「引き留めて、どうするのかね」
「どう、って……」
「気持ちはわかる。だがね、諸君。彼女は元来、博多の人間だ。博多で生まれ、博多で育ち、博多で戦い、そして博多で失って、ここにきた。そういう人間だ。その彼女が博多に帰るのを、だれが止められるかね」
う、とスタッフたちが言葉を詰まらせる。
フジワラは微笑んだ。
「慕う気持ちがあるのなら、なおのこと、しっかりと別れは言っておきたまえ。僕もそうする」
わかりました……と力なくスタッフたちがうつむき、作業に戻る。
大方の荷物がまとまったところで、ひとつの荷物が残った。
「魔剣ですけど、これ、教授の私物扱い……で、いいんですよね?」
「朝廷に収めようとしたが、断られてね。『自分がもらったものを朝廷に預けて終わりにされても困る』と」
「レンカさまなら言いそうですねぇ」
「しかし、僕にはやはりこれを扱えるとは思えないんだがね」
キオは「魔剣が必要になる」と言った。
だが、フジワラに武器が必要になるシーンがあるとは思えない。
――『旅路』でこれから僕が強くなるとでも?
魔剣を振り回す己を想像して、あまりのおかしさに少し笑ってしまう。
違和感しかない。
だいたい、魔剣を渡されたのは『旅路』が完成するよりも前だ。
キオは『旅路』の存在を知らないのだから、この想像は明らかにおかしい。
――つまり、僕が魔剣を必要とするシチュエーションは『旅路』とは関係がない?
加えて、マツシタとともに必要とするようなニュアンスだった気もする。
そんな風に、さらに想像の糸を伸ばしかけたところで、首を横に振った。
いま考えても仕方のないことだ。
「そういうわけで、魔剣は僕の私室で保管する。悪いが、台車に載せておいてくれ」
「運んでおきましょうか? 重いですし」
「どうせ帰り道だ、台車を押すくらいなら僕にもできるし……幹部寮には、イコマくんたちがいるからね。部屋まで運ぶのは手伝ってもらうよ」
「ああ、イコマ卿ならひとりで持てそうですもんね」
スタッフたちが数人がかりで魔剣を持ち上げて台車に載せてくれた。
あとは家具を持ち出し、テントを畳んで、レンカに報告すれば終わりだろうか。
そう思いながらテントを出ると、芝生の向こうから小さな人影が近づいてきていた。
褐色の肌と銀色の髪、尖った耳を持つドワーフだ。
スタッフたちもすぐに気づいて、そわそわと騒ぎ出す。
すぐにフジワラの目の前までやってきた。
「マツシタくん。旅のしたくはいいのかね?」
寡黙な職人はうなずいて、前髪で隠れた目でスタッフたちを見た。
「みなさん、に。おわかれを言いた、くて。来ま、した」
「そうかい。僕らもマツシタくんに別れを言おうと思っていたところだ」
振り返って、背後のテントを見る。
家具はまだ運び出していない。
大きな机もあるし、人数分の椅子もある。
暖房器具も残っている。
――いい機会ではあるか。
「どうせなら、中で研究頓挫の残念会と行こうか。各々、私物を部屋に持って帰り、なにか摘まめるものを持ってくるのはどうだろう。僕は秘蔵の酒とチョコレートを出そう。飲めないものにはコーヒーも。どうかね?」
こくり、とマツシタがうなずく。
わ、とスタッフたちが湧いて、各々が荷物を抱えて走り出した。
★マ!
もうすぐ四章も終わりですね……。




