46 『旅路』
翌週の深夜、僕は道場にいた。
冷たい二月の空気が畳の上に積み重なっているようで、吐く息も白い。
「それじゃ……始めます」
「がんばってね、いっくん」
「無理は禁物だよ、お兄さん」
ん、と返事をする。
カグヤ先輩とナナちゃんのふたりにお願いして、ついてきてもらった。
ふたりがいれば、僕のやりたいこともきっとうまく行くと思うから。
ちなみに、僕は道着だけれど、彼女たちはちゃんと防寒着。
寒いので、はやめに終わらせたいところだ。
氷のように冷え切った畳の上に正座して、目を閉じる。
瞑想。
『竜種』を起動し、自分の内部に手を伸ばす。
大切なのはイメージだ。
現実を改変するために、想像を具現化するために。
思い出そう。
僕らの歩んできた道を。
教授は言った。
スキルとは『人類がいずれ辿り着く結果を先取りするもの』だと。
過程を省略して結果だけを導き出す究極の効率化。
人類の進歩とは、ある意味で効率化の歴史と言い換えられる。
往古、人類は知恵を得た。
それがリンゴを食べたせいなのかは知らないけれど、知恵を得てしまった。
狩猟採集から農耕牧畜へ。
炎を操り、器用な指先で道具を作り、自然の中に超常の存在を見出して宗教を生み、歴史を積み重ねるうちに科学を発展させ、しまいには自ら見出した神すら否定し始める始末。
いろいろなものがはじまって、終わって、けれど繋がっている。
ゆえに、僕はこうも思うのだ。
人類の進歩とは、すべて過程である、と。
終わりのない道程。
進み続ける旅路。
歩みそのもの。
――ここまできた。
――もっと先へ往こう。
その繰り返しが、今日の僕らを形作っている。
ならば、僕はこう思う。
竜が省略してしまった過程こそが、人類なのだ、と。
「『竜種:B』及び『影式:A』を材料に、スキルを創作――」
つぶやく。
システムに縛られた人間を、竜のくびきから解き放つ。
……なんて、見栄を張るには、まだまだ力が足りないけれど。
ほんの少し、ごまかすだけなら、持ち前の小器用さでなんとかしてみせる。
己の内部、魂の輪郭にそっと触れる。
僕の魂は、僕だけのものではないと、確信する。
感じる。
息づいている。
カグヤ先輩がいる。
ナナちゃんがいる。
レンカちゃんが、ヤカモチちゃんが、ミワ先輩が、アキちゃんが、フジワラ教授が、タンバくんが、クキさんが、日記さんが、アダチさんが、タマコちゃんが、ドウマンが、ユウギリが、もちろん父さんや母さんや……レイジやヨシノちゃんですら、いる。
顔を合わせ、言葉を交わし、仲良くなったり、対立したり、そうやって繋いできた絆の数々。
良縁も悪縁も、すべてが過ぎ去って僕という存在を確立させている。
僕を作ってきた過程たち。
僕を作っていく過程たち。
省略してしまったら、それは僕ではないなにかになってしまう。
もっと深く、魂を覗き込む。
ぱきぱきと全身から音が鳴る。
鱗が生えているらしい。
けれど、それでいい。
鱗すら過程にして、僕は進む。
どれくらいの時間が経っただろうか。
薄くまぶたを持ち上げると、心配そうに僕を見る顔がふたつあった。
カグヤ先輩とナナちゃん。
大切な縁。
きっと、彼女たちの中にも僕がいて、彼女たちを作り上げる一部になっている。
「――完成しました。僕らのスキルが」
は、と息を吐き、告げる。
ふたりは目を細めて微笑んだ。
「お疲れさまだよぅ、いっくん。よくがんばったね」
「汗びっしょりだよ。タオルいる?」
ありがとう、と言って受け取る。
「名前はどうしたの?」
「あんまり気取りすぎてもよくないから、シンプルなのにしたよ」
「それがいいよぅ。いっくん、ネーミングセンスがちょっと……うん」
「先輩まで僕のネーミングセンスをいじる……」
顔を拭きながら嘆息する。
今回は不評じゃないといいけれど。
「スキル名は『旅路』っていうの。どうかな?」
おそるおそる問いかけると、ふたりは目を丸くしてから、ふっとほころぶように笑った。
「とってもいいと思うよぅ」
「うん。お兄さんらしい、いい名前だね」
ほっとする。
大事なスキルになるだろうから。
これは、弱い僕らが助け合って生きていくためのスキルだ。
学び合い、高め合い、分かち合う。
そんな「あたりまえ」を具現化したモノ。
簡単にいえば、過程を省略しないスキルだ。
★マ!




