45 ひらめき
風呂上がり、脱衣場で鱗の様子を見る。
三枚ある。
増えてもいないし、減ってもいない。
ぬめるような表面の輝きと硬質な手触りが憂鬱だ。
博多勢の問題には、フジワラ教授が見事に対応してくれた。
僕のやったことといえば、キオの暴走を止めたくらい。
しかも、それが裏目に出て、マツシタさんの自殺未遂を招いたし、『竜種』による現実改変能力の行使が僕の竜化を進めてしまった。
たった三枚の鱗が、僕の存在をゆがめている。
「それが噂の鱗かね」
教授が風呂上がりの白湯を飲みながら、僕の背中を指さした。
ええ、とうなずく。
「ダンジョン攻略にいけないのは、つらいところです」
「つらいか。ふむ」
白湯のカップを置いて、教授が僕をまっすぐ見た。
「きみはつらいというが、カグヤくんは喜んでいるのではないかね?」
「……喜んでいました」
「きみは?」
「……喜んでいません」
「では、竜と戦いたい、と?」
そう問われると、返答に困る。
戦いたいわけじゃないけれど、ダンジョン攻略には……戦場には、戻らなければならない。
漠然とそういう風に思っていた。
それがなぜなのか、考えてみる。
「ええと。僕だって、すき好んでダンジョンを攻略したいとか思っているわけじゃないです。命懸けですし。でも、地球を取り戻して、いろんなところに行けるようになるまでは、戦い続けたいんです」
壊れた地球を歩いていくのは、その先を見たいから。
そうだ。それが初心であったはずだ。
「ならば、きみの目的のために、その鱗はやはり邪魔なわけだ。攻略に出て、カグヤくんに心配ばかりさせるのは、よくないだろうがね。そのあたりはきちんとしたほうがいい。……愛するひとに、別れを言えないこともあるのだから」
はい、とうなずく。
僕も白湯を一杯注いで、飲む。
温かい。
「しかし、ドウマンも厄介な呪いを残してくれましたよ。あいつめ」
「呪竜と名乗っていたらしいから、さもありなんというべきか。いや、しかし、どうだろう。ドウマンがきみに『竜種』を渡したとき、彼はなんと言ったのかね?」
「たしか……力を渡す、だったかな。そんな感じのことを。呪いとは言っていませんでしたね、そういえば」
「では、単なる呪いではなく、力でもあるはずだ。対処法が必ずある」
教授はあっさりとそう断言した。
え? そうなの?
びっくりする僕に、教授は微笑んだ。
「竜という存在は興味深い。人間を害する災いの相、人間を誘惑する悪魔の相、さまざまな顔を持つが……ドウマンは人類に立ちふさがる『障壁としての竜』だったように思う。人類を試す竜だ。試すからには、答えがある」
な、なるほど。
たしかにドウマンの作った古都平城京ダンジョンは、本格始動前だったとはいえ、攻略手順がわかりやすかった。
「つまり、この呪いもダンジョン同様に乗り越えられる、と?」
「『呪いをどう扱うか』までを含めてドウマンのゲームだと考えるならば、乗り越えられないほうが不自然だと思うがね」
教授は、ううむ、と唸った。
「しかし、『複製』で消去できないとなると、なにかほかのスキルが必要だろうか。いや、『竜種』は支配者のスキル。影響を及ぼせるものが、そうそうあるとは考えづらいか」
「そうですね。スキルを改造するスキルが、そもそも『竜種』なわけですから、そういう意味では……」
……そういう意味では?
『竜種』に影響を及ぼせるスキルがあるとすれば、それは?
「……あっ」
気づく。
『複製』でのスキル消去はできなかった。
けれど、『竜種』そのものでの『竜種』の消去は試していない。
あるいは……もっと別の対処法も。
「おや。なにか閃いたようだね」
「ありがとうございます、教授! この呪い、なんとかなるかもしれません。……いえ、なんとかしてみせます」
「礼はいい。助けられているのは、こちらも同じだからね」
さっそくカグヤ先輩たちと、このアイデアを話し合ってみたい。
幹部寮に帰るために立ち上がって、ふと思い出す。
「教授。以前、スキルのことを『人類いずれ辿り着く結果だけを先取りするもの』とおっしゃっていましたよね」
教授がうなずいた。
過程を省略して、結果だけを受け取る。
とても便利で、けれど、どこか物足りないものだと、そう思う。
「僕、たぶん、過程が好きなんですよ。努力して、結果に向かう過程が。つまり……目的地に歩いていくまで、どう進んでいくか、考えながら回り道ばっかりしちゃうような旅路が。でも、その回り道からしか得られない経験も、きっとある。ですよね?」
「まあ、そうだろうが。……なんの話かね?」
えへへ、と笑う。
「教授のおかげで原点を見直せたっていう、そういう話です」
★マ!




