44 幕間 フジワラ、自分勝手の結果論
「それで、どうなったんです?」
と、フジワラの真横でイコマが口にした。
場所は幹部用の浴場で、二人そろって肩まで湯に浸かっている。
――染みるねぇ。
風呂はいいと、フジワラは思う。
体がほぐれるにつれて、気持ちも柔らかくなるような気がする。
「僕も詳しくは聞いていない。面会まで同席はしたが、そのあとは三人で……いや、キオくんの中にいる三十八名とマツシタくんとトモさんで、四十人か。僕はあくまで仲介役だから、話し合い中は部屋の外で待っていた」
キオくんも、もう暴走はしないだろうし、と呟く。
イコマが悲しそうに目を伏せた。
「錆びついて、ほとんど動けなくなっているんですよね。錆びが進んだのは、僕との戦闘がきっかけだったんでしょうか」
「優しさはときに侮辱になるよ、イコマくん。キオくんは精一杯生きたんだ。きみのせいじゃない、彼ら自身の選択によるものだ」
湯面を両手ですくって、顔にぶつける。
指で水滴をぬぐい、髪を後ろに流す。
「それに、彼はもう暴走しない。できないんじゃなくて、しないんだ」
となりの青年に、少しだけ微笑む。
「悲しみ、惜しむ気持ちがあるならば、そう伝えて見送りたまえ」
「……見送り?」
「ああ。話し合いの結果は教えてもらったからね。彼らは博多に戻る。キオくんも、眠るならば博多がいいと。マツシタくんは、トモさん以外の遺族の方々とも話をしたいと言っていて、トモさんはその補助をやるそうだ」
「博多に。……そっか。じゃあ、おわかれなんですね」
「そうなるだろうな」
うなずいて、天井を見上げる。
吊り下げたランタンが、浴場を明るく照らしていた。
「ミワくんに頼んでね。護衛を兼ねて、九州方面へのルート構築のための部隊を編成してくれている。ダンジョンを避けての行軍になるし、大所帯だし、一ヶ月はかかるだろう。戦闘の不備はまずないだろう。現地に着くまで、キオくんは影から出てこない手はずだ」
そして、現地に着けば。
――それぞれに別れを告げて、眠る。
九州は遠い。
少なくとも、あの人形とは今生の別れになるだろう。
マツシタも、もう自死を選んだりしないと確信しているが、また会えるかどうかは別の話だ。
地球がこんな状況で、フジワラはもうすぐ引退する身なのだから。
は、と長く息を吐く。
「僕はね、イコマくん。後悔していたんだ」
「後悔?」
「以前、言っただろう? 僕の妻は、文明崩壊直前、母に会いたがっていた、と。結局、会わせられなかった。マツシタくんとトモさんを会わせたとき、部屋の外ですごくほっとしたんだ。愚かな代償行為だ」
マツシタとトモとキオのあいだにあった問題は、彼らの問題だ。
フジワラの妻や母とは関係がない。
――勝手に自分の後悔を当てはめて、勝手におせっかいを焼いて、勝手に安堵する。つくづく勝手な男だな、僕は。
「会いたくないなら、会わなくてもいい。トラウマがあるなら、特にね。でも、会わせたい思いがなかったわけではないのだな、と思い知ったよ。己の小ささがいやになる」
優しさはときに侮辱になる。
自分に向けて放った言葉でもある。
イコマも横で天井を見上げた。
そろそろふやけてしまいそうだ。
「……でも、マツシタさんとキオとトモさんが教授に救われたのは事実ですから。教授はいいことをしたんです」
「いいことかね。結果論的には、救えたといえるかもしれないが、僕の自分勝手だったのだよ?」
「いいことです。自分で言うのもなんですけど、僕、けっこうだれかを助ける機会が多くて」
だろうな、とうなずく。
「そういうときってとっさに動いて、あとからめちゃくちゃ怖くなるんです。あのとき失敗していたら死んでいたな、殺されていたな、救えなかったな、って。運良く『複製』みたいな強いスキルがあるから、仲間がいるからなんとかなったことばっかりだって」
首を横に振って否定する。
「きみ自身の優しさや強さが導いた結果でもあるはずだろう。スキルだけでは、そう何度もひとを助けられまい」
「いいえ。僕もまた、結果論で他人を救えている、幸運なだけの男なんですよ。フジワラ教授と一緒です」
イコマは横を向いた。
フジワラの視界に、微笑むイコマが映る。
「だったら、結果論であっても、教授はいいことをしたんですよ。むしろ、スキルなしでキオに立ち向かうなんて、僕には真似できません。だからってわけじゃないですけど、僕はほんとうに教授を尊敬します。ひとりの人間として……こういう大人になりたいなって、憧れます」
思わず目を丸くし、顔をそむけてしまう。
――いかんな。風呂のせいか、いろいろと緩みがちだ。
「それはそれは……僕にはもったいない言葉だ。ありがとう」
「恐れ多いだなんて、そんな」
「冗談抜きで、そう思うとも」
フジワラは湯面を割って立ち上がり、ふちに腰かけた。
イコマの頭よりも高い視点から、もう一度天井を見上げる。
「イコマくんに……若い子にそう言ってもらえるならば、自分の愚かさにも価値があったと、そう思えるよ」
水滴が落ちる。
顔の角度と位置関係から、涙がにじんだのは、きっとバレていないだろう。
バレていても、黙っていてくれる男だとは知っているが。
――明日、墓に参ろう。妻に、僕はいいことができたのだと、報告しよう。
そう、決めた。
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