41 竜化進行
「いやー、一時はどうなることかと思ったけれど、マツシタさんを救えてほんとうによかったよ! 万事問題なし! そうだよねっ?」
「いっくん、正座」
「はい……」
朝廷本部に戻った僕は、カグヤ先輩にガン詰めされていた。
会議室の床は板張りで、膝が痛くなりそうだ。
むすっとした顔のカグヤ先輩、ナナちゃん、レンカちゃんが僕を三方向から取り囲んで、逃げようにも逃げられそうにない。
「女王として、いっくんの『竜種』による竜化の進行は看過できないよぅ」
「そうですの。太政大臣からもお小言を申し上げますけれど、もしもイコマさまが『竜王のルール』に縛られることになれば、人類にとって大きな損失になりますのよ?」
人類にとって、とは。
レンカちゃんはいつも僕を持ち上げすぎである。
「三か所のダンジョンを攻略した凄腕の戦士。大和平野に人類の安全圏を確立した立役者。イコマさま自身が住民たちの精神的支柱になっている面もありますの。それが『竜になる』というのがどういうことか、わかりやすく例えますと」
古都の最高責任者は至極真面目な顔で言った。
「いつかこの子と結婚するんだろうな、と思っていた幼馴染の地味な女の子から、突然ネトラレビデオレターを送られてくるようなものですの」
「わかりにくいよ。例えが」
ともあれ。
心配をかけてしまったのは事実なので「ごめんなさい」すると、三人とも会議室の床に座って、笑った。
「ただ、先輩として、パートナーとして、いっくんを誇りに思うよぅ」
「マツシタさんを助けたとこ、かっこよかったよ、お兄さん」
「そこで助けないイコマさまは、逆に見たくありませんわね、たしかに」
「みんな……!」
僕は感極まって少し涙をにじませた。
「じゃあ、お咎めなしってことでいいんだね!?」
三人はにっこりと微笑んだ。
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「おう、イコマ。今日はいったい何用で――なんじゃおぬし、なんでそんなにやつれておるんじゃ。え? お仕置き? ひからびる寸前まで? ええ……人間こわ……」
翌日、監獄を訪ねると、ユウギリは女看守さんとふたりで学園恋愛アニメを見ていた。
この独房、そのうちマンガやゲームでパンパンになるんじゃないか?
最近は大した活動もしていないくせに、生活を充実させやがって。
自由騎士卿の僕だって、毎日それなりに忙しいのに。
食って寝るだけじゃなくて、なにかしらの仕事をさせたいところだ。
あらかたの事情を説明し、『竜種』の相談で来たというと、ユウギリは目を細めた。
「見せてみい。……だから足をパカってするでない!」
注文の多い堕竜に、太ももの鱗を見せる。
黒い鱗がしっかりと生えていた。
「ほかは?」
「背中に一枚、脇腹に一枚。昨日の夜、ナナちゃんたちにしっかり全身確認されたから漏れはないと思う」
「隅から隅までがっつり確認してやりました」
「ええ……人間こわ……」
ユウギリは三枚の鱗を触ったり嗅いだりしてから、うなずいた。
「よくわからん」
「わかんねえのかよ」
「はじめて見たもん、わらわ。スキルはどうなったのじゃ?」
「複合する前のスキルでできることはぜんぶやれる……と思う。なんか、感覚がふわふわしていて」
影をぬるりと伸ばしてみる。
変幻自在の触手みたいだ。
「スキルの範疇を越えてきておるな。試してみるのが手っ取り早いかの」
よっこらせ、とユウギリは立ち上がって、おもむろに僕に向かって手を振り上げた。
そして、ゆっくりと手を下ろして、座った。
なんだなんだ?
なにがしたいんだこのロリは。
「のうイコマ。わらわ、いまおぬしを殴ろうとしたんじゃがな?」
「え、急になに? 別にいまのおまえに殴られた程度じゃ痛くもかゆくもないだろうけど、僕はいつでもおまえを痛めつけられるし、かゆみつけられるんだからな。覚悟しておけ」
「おぬしわらわにだけめちゃくちゃあたり強くない? かゆみつけるってなんじゃ」
ユウギリは女看守さんの背中に隠れつつ、言った。
「あのな? わらわ、おぬしを殴れんかった。『竜の縛り』じゃ。同族を殺せない……攻撃できない縛りが効いておる」
「……え?」
「落ち着いて聞けよ、人間。おぬし、もうかなり竜化しておるぞ」
★マ!
Q:お仕置き前に鱗をちゃんと確認しなよ……。
A:でもお兄さんが足パカってするからつい……。




