21 生徒会長、レンカ
大きな門の前には、二人の女子生徒がいた。
背の高い女の子と、背の低い女の子の組み合わせだ。
二人とも手に薙刀を持っている。
彼女たちは歩き寄っていく僕らに気づき、警戒心をあらわにしたけれど、近づくのがナナちゃんだと気づくと、目を丸くして手に持っていた武器を取り落とした。
「や。ただいま」
「や、じゃないわよ……!
心配したんだからね!」
背の高い子がナナちゃんに抱き着く。
泣いている。そりゃそうか。
背が低い女の子は「やれやれ」とナナちゃんの背中を軽く叩き、声をかけた。
「ヤカモチは無事ですよ。
寝たきりですが、意識は戻っています。
――おかえりなさい、我らの筆頭騎士」
「ん。苦しゅうない。貴殿らも門番ご苦労である」
殿かよ、とツッコミたかったけど、感動の再会っぽいので我慢した。
いや、殿様っていうか、実際に殿を務めたわけではあるのだろうけれども。
「で、そっちの男のヒトはどなたです?」
「助けてくれたお兄さん。
ねえ、生徒会長呼んできてくれない?」
「……なるほど、そういうことでしたか。
すぐに呼んできます。しばしお待ちください」
「中で待ってもいい?」
「ナナはいいですけれど、そっちのヒトはダメです。
ごめんなさいね、ナナの恩人なのに」
ナナちゃんがめんどくさそうにため息を吐いた。
「じゃ、私も一緒に外で待つから」
「承りました。……ひとつだけ聞いてもいいですか?」
背の低い女の子が、口元に手を当てて僕とナナちゃんを見比べた。
「ペアルックなのは『そういうこと』ですか?」
「そうだよ」
「ナナちゃん、めんどくさいからって雑な返事しないで」
「わぁお。では会長様には『ナナがオトコ作って帰ってきました』と伝えておきますね」
「そっちの子も乗っかるんじゃないよ」
僕のツッコミはスルーして、背の低い女の子が小さな扉を開けて敷地内に入っていった。
後に残されたのは、僕とナナちゃん、そしてナナちゃんに抱き着く背の高い女の子だ。
ナナちゃんが優しくその子の肩をポンポンと叩く。
「泣きすぎだよ。騎士たるもの常に冷静さを保つこと。でしょ?」
「う、うん。でも、嬉しくて……ぐす」
背の高い女の子は指で目じりを拭って、改めてナナちゃんをまじまじと見た。
「……ねえナナ、なんか、肌とか爪とかきれいになってない?」
「え? そう?」
「肌荒れとか指先の傷みとか、ぜんぜんないけど……」
僕の『傷舐め』の成果であろうと思うけど、言うと寝てる間に指先まで舐めまわしたのがバレるので黙っておくことにしよう。
しばらくナナちゃんを上から下まで観察していた女の子が、ややあって僕を見て「まさか!」と言った。
え、なに。
「女の子をきれいにするという『こ』から始まって『い』で終わるアレ……!?」
「そうだよ」
「ナナちゃん、めんどくさいからって雑な返事しないで」
「きゃーっ! え、え、二人の馴れ初めは?
どこまでいった? ていうかどこまでやった!?
あとどのアプリ使ったか教えて絶対だよ私も彼氏欲しいのにナナったらずるいー!」
「デジタルネイティブ世代の出会いを想定するな。
インターネットはもう滅んだだろうが」
なんだろう。
すごくこう、『ナナちゃんのいた場所』感がすごい。
一人一人こんな感じだとしたら、とてつもなく疲れる場所だと思うんだけど。こわ。
聖ヤマ女村に恐れを抱いていると、
「いけませんわ! そんな卑猥なこと!!」
ややヒステリックに、誰かが叫んだ。
声は僕らの頭上から響いた。
見上げれば、正門の上に誰かが立っていた。
金髪の縦ロールを風になびかせる、セーラー服の女の子だ。
ナナちゃんがその子を見て、手を振った。
「あ、生徒会長。早かったね」
「当然ですの、仲間が無事に戻ったのですから。
しかし――押っ取り刀で駆けつけてみれば!
なんですの、いまの会話の内容は!」
正門の上で仁王立ちしているせいで、スカートがひらひらするたびに不安になる。
だけど、そうか。あのお嬢様然とした女の子が生徒会長なのか。
男性排斥の指導者という話だから、恋愛だの彼氏だのの話はまずかったかも。
生徒会長が『きっ』と僕を睨みつけて来たので、緊張して背筋を伸ばす。
彼女はきりっとした表情を真っ赤に染めて言った。
「『こ』から始まって『い』で終わる単語、即ち『行為』ですわね!
あらやだ意味深! 意味深ですわ!
ちょっと卑猥すぎますのよ!?
どんな行為でしたの!?
二百字以内で具体的に述べよですわ!!」
「ナナちゃん、もしかしてなんだけど、この学校には変な子しかいないのかな?」
「そうだよ」
「ナナちゃん、めんどくさいからって雑な返事しないで」
「いや、マジで変な子しかいないの。
女子高って男性がいない環境で精神が醸造されていくから、変な子になりやすいんだけど。
ここ二年、環境が環境だったから、もう過去最高に醸造されてる感じだよね。
下ネタ女子とサブカル女子ばっかりだよ」
「すげえや、夢がどんどん壊れていく」
「ちなみに私はね……ふふっ、どっちだと思う?」
「その聞き方はサブカル女子の聞き方だね。
もう間違いないね」
写真部所属、一眼レフ所有、空の写真を撮るという情報も加味して回答した。
ナナちゃんは両腕で『まる』を作って正解を示しつつ、生徒会長に目を遣った。
「で、会長は耳年増で乙女だよ。箸が転がるだけで卑猥判定するの」
「金髪縦ロールを初めて見た僕のドキドキを返してくれ。
本物のおしとやかなお嬢様だと思っていたのに」
「わたくしの初めてのドキドキ!?
いけません、いけませんわ!!」
とうっ、と生徒会長は正門の上から飛び降り、一回転してしゅたっと着地した。
ステータス補正系の能力があるのだろうか。スタントマン顔負けの身体スペックだ。
そして彼女は、ずびし、と僕を指さした。
「わたくしは聖ヤマト女子高等学校生徒会長兼村長、レンカと申しますわ!
ナナを助けてくださったらしいですけれど、言動に難があるようですわね!
さっきからいやらしいことばかり……!
あなたのような方に聖ヤマ女村の敷居を跨がせるわけにはいきませんの!」
「そんな! そっちが勝手に変な想像しただけじゃないか!」
「お兄さん、自分の言動たまにヤバいって自覚したほうがいいと思うよ」
え? どこが?
一般人オブザ一般人とさえ言われる僕のどこがヤバいというのか。
ナナちゃん、どっか頭を打ったのかもしれない。
あとで頭皮を舐めまわして『傷舐め』での治療を試みるとしよう。
「というか、僕はナナちゃんに頼まれて来たんだけど」
「頼まれて? いったいなにを頼まれ、なにをしに来たと言いますの?」
ナナちゃんを見ると、軽く頷かれた。
なるほど、ここからが真面目な会話。
これまではちょっとした本番前の小粋なトーク、前説のようなものってことか。
生徒会長は目線鋭く、僕を品定めするように見つめている。
海外の血が入っているのだろう、すっと通った目鼻立ちのレンカちゃんに見つめられると、背筋が震えてくる。
これが聖ヤマ女村の代表か。
男性排斥の急先鋒、あのレイジすら追い出した女傑。
聖ヤマト女子高等学校生徒会長、レンカ。
その才覚は、僕のような一般人には推し量ることができない。
僕にできることは、ただ、真面目かつ真摯に応えるだけだった。
「女子高生ギャルのおなかをぺろぺろ舐めまわしに来ました」
「なるほど、そうでしたの」
そして僕は瞬く間に捕縛されたのである。
「ぺろぺろ!」「ぺろ!」「ぺろぺろ!」☆☆☆☆☆ぺろ!★★★★★ぺろぺろ!
ぺろ!!(魂のコミュニケーション)




